アトピー治療記vol.26→こちらから

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(2018年1月下旬)


飲んだ睡眠薬は80錠。
無意識のうちに自分で救急車を呼んだ私は、きっとまだ「生」に執着していたのだろう。大家との話し合いのあと、鍵をかけたはずの玄関。這いながら玄関に向かう自分を少し上から別の自分が見ていた。



記憶がない救急車の中でも、死にたい死にたいと呻いていた私は、睡眠薬過剰摂取の救急対応だけでなく、入院施設のある精神科の隔離病棟に連れてこられて、医療保護入院となった。


次に一瞬意識が戻ったときは、大勢に抑えられながら、点滴をされ、手足胴体を拘束されていた。それからまた丸2日間意識がなく、3日目に起きたとき、最初に思ったことは「次のアトピー治療はどうしよう?」だった。


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隔離病棟は、2重扉に木目で張り巡らされた小さい部屋。簡易トイレとベッドだけ。
希死念慮が強い患者は、シーツと枕カバー、布団カバーを没収される。
部屋のもう片側には、大きく分厚いガラス。その奥にはデジタル時計とブラインド、そして24時間体制の監視カメラ。


3日目
意識が戻っても思考が一致しない。
拘束具を取られて、洗面に。足元がフラフラでまともに歩けない

隔離病棟にいる間は、拘束具を付けられる。起きてる時も、寝る時も。
顔が痒くて苦しかった。短く拘束された手は、顔まで届かない。真冬のエアコンが直接当たる顔がどんどん乾燥していった。繋がれている点滴を壁にぶつけてSOS。監視カメラを見ている看護師がすぐに飛んでくる。「顔が痒いから手の拘束取ってほしい。」まだ運ばれて3日目の患者の発言なんて聞き入れてくれない。母が届けた病院でもらった薬から適当に顔に塗られた。アズノール!これは合わないのに!「これじゃない!取ってほしい!」って言ったところで薬を大量服用した患者の薬のうんちくなんて聞いてもらえない。すぐに、顔がむずがゆくなってきた。その日は何度か泣きながら痒いと訴えたら、看護師が寝るまで顔を掻いてくれていた。また痒い日々が戻ってきてしまった。次の日、顔は真っ赤に腫れた。


4日目
病院に運ばれてきたときは、大暴れしていたようだったが、投薬のおかげで落ち着いた。この日から昼間の拘束は取れ、夜の拘束器具の長さも長めになり、顔を掻けるようになった。狭い小さい部屋が快適だった。誰も睡眠の邪魔をしないし、薬がよく効いて眠れる。

試験的に隣接する閉鎖病棟の昼食タイムに合流してみようと言われる。暴れたり、感情的にならなければ、どんどん拘束が解除されていくのがここのシステム。
重厚な扉が開かれると、そこから何十もの色とりどりのモノが目に飛び込んできた。目眩がして、震えて、思わずしゃがみこむ。
「・・・部屋に戻りたい」次の日も隔離病棟からは出なかった。

ずっとここにいたかった。
何の騒音もなく、誰にも邪魔をされない場所。
何も不自由はなかった。
皮膚が乾燥するから、エアコンは切ってもらった。

昼間はずっと横になっていた。眠れなかったけど。
何も刺激はなかった。
ブラインドの隙間から差しこむ太陽の光が魅せる色の変化を1日中ずっと追っていた。
薄い黄色から濃い黄色に、オレンジに染まり差し込む光も主張が強くなる瞬間がピーク。そのあとは、名残惜しそうに色を手離していく。


夜中に新しい患者が運び込まれることもあった。
ずっと叫び声が聞こえてたり、壁を蹴る音が響いてたり・・・

ドンドンドン!
―何かを要求している!
ドンドンドン!
―SOS!
ドドドドドンンッ!!!
―本当の欲求を伝えるとき、人は不規則になる

バタバタバタバタ・・・
看護師が数人走って行く




ーー投薬

ーーそして、静寂



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理由も分からず不意に涙が止まらなくなることが何度もあった。精神科では、看護師も立ち入って話を聞こうとしない。泣いてても違う話をしてくる。
ほとんど横になっていた私は、長い髪を頭のてっぺんで結びお団子にしていた
「頭になんか乗ってるで?今日は右側なんや?」
部屋に来る毎に、そんな話をしてきた。


6日目
大人しい私は、いよいよ隔離病棟から閉鎖病棟の個室に移ることになった。「ここにいたい」と伝えたが、落ち着いたら徐々に拘束解除し、慣れていかないといけないと言われた。個室だから大丈夫、と。
がっかりした。
あのうるさいカラフルな世界がまだ自分の中で騒音を立て始める。
もう私を守ってくれる場所はないんだ。


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隔離部屋を囲む木目の壁には、爪痕でみんなの叫び声が残されていた

―みんな あたしがおかしいってゆうけど あたしおかしい?


ーおかしいってゆうほうが おかしい!


―はやくかえりたい


―いつまでここにいる?


―くるしい


―たすけて


―ふつうってなに?


―しにたい



静かに呻く木目に囲まれながら、ぼんやりと他人の心の叫びを感じていた



「Your hope is deeper than pain……」



短い爪で書き記した。「e」を書くのが難しかった。







 


「YOSHIKI」



「S」を書くのも難しかった。


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