★第133話:九州弁 | 中高年の中高年による中高年のための音楽

中高年の中高年による中高年のための音楽

10年続けたYahoo!ブログから移転してきましたが、Amebaのブログライフも4年を越えました。タイトルは当時と同じ「中高年の中高年による中高年のための音楽」です。
主にオールディズが中心の音楽を紹介しています。よろしくお願いいたします。

 方言についてのテーマで、何度かブログに投稿したことがある。Yahoo!からAmebaブログに移った自分にとって記念すべき第1話は、「日本の方言について」(2019/3/13)という題名だった。

 大学を卒業する22歳まで広島県に住んでいた。父や母はもちろん、かなり過去の代まで広島県の人間だったと思う。ずっと住んでいて周りも同じ言葉を使っていると「方言」を意識することは少ない。大学も国立だったが、多くは広島県出身者なので、広島弁がいわば「公用語」だった。

 

最初の洗礼は「名古屋弁」

 社会人となり、初めて県外に移ったとき、東京が全国の地方出身者のるつぼで、初めて日本語の多彩さに驚いた。入社してすぐに集合寮に入ったが、同室の同期入社の男性が愛知県出身で、最初に名古屋弁の洗礼を受けた。

 当時、脱線トリオと言って、由利徹八波むと志と共に、お笑いトリオを組んでいた南利明(1995年、70歳で没、写真)が名古屋弁で、オリエンタルの「スナックカレー」のCMで「ハヤシもあるでョ〜」というのをやっていて、こんな言葉を使っているのが信じられなかったが、正にその通りだった。

 

初めての福岡(博多)

 いつも「福岡」にするか「博多」にするか迷う。ご存じのとおり福岡は独特の町で、JRは博多駅、西鉄は福岡駅、空港は福岡空港、港は博多港等々、この二つの地名が混在して使われている。
 所説あるらしいが、どうやら
那珂川をはさんで、東が博多、西が福岡、博多は「商人・町民の町」、福岡は「武家の町」という区分けが定説のようだ。


 私が住んでいたところは早良区だったので「福岡」、会社は博多区にあったので「博多」ということになるが、以下、臨機応変に使っていきたい。

 社会人になり、初めて住居の引っ越しを伴う異動をしたのが愛媛県松山市。そこで結婚し、二人の子供を授かった。6年半経って福岡市への転勤辞令が下りた。

 もちろんそこは初めて住む街である。土地勘もないので、会社で社宅を見つけてもらった。家族4人でこれも初めて松山⇒福岡の飛行機便に乗り、博多空港に降りてタクシーを呼ぶ。その運転手がコテコテの博多弁で応対してくる。当時「博多っ子純情」(写真)という人気漫画があった。本当にこんな言葉を喋るんだと、異郷の地に着いたことをまざまざと実感したものだ。

 博多に赴任したときは、1981年(昭和56年)で32歳。それからの5年間は18年間の営業生活の中で最も充実した期間となった。

 方言に慣れるには時間がかかったが、子供の方はあっという間に身に付いた。福岡は情に厚い土地柄で、溶け込むとこれほど居心地のいいところはない。都会の利便とスマートさ、人情味あふれる地方の泥臭さを兼ね備えている町。これが福岡の最大の魅力だ。かなうことならもう一度住んでみたいところ。「福岡、いつまでも愛しとうよ-」と叫びたい気持ちだ。

 

朝ドラ「エール」で博多弁が

 新型コロナの影響で休止しているNHK朝ドラ「エール」だが、現在再放送を行っている。先週の金曜日は5月18~22日放送の「紺碧の空」だった。

 「紺碧の空」は、主人公・古山裕一のモデル古関裕而氏が、人気作曲家として知られる足掛かりとなった曲だ。作曲した1931年(昭和6年)の古関氏は、まだ21歳。学生たちと同じ年頃だったが、それから90年後の今も歌い継がれる早稲田大学の第一応援歌である。

 あらすじはこうだ。「コロンブスレコードの専属作曲家として2年目に突入した裕一(窪田正孝)だが、一向に曲は採用されずにいた。廿日市(古田新太)、そして憧れの小山田(志村けん)に認めてもらえず徐々にふさぎ込む。そこに早稲田大学応援団が押しかけてきて、出ると負けの早慶戦で勝利するために新しい応援歌の作曲を依頼する。なかなか自分の殻を破ることができず苦しむ裕一に、応援団長の田中(三浦貴大、写真)は”早稲田を勝たせたい思い”を彼にぶつける。自分のことではなく誰かの顔を浮かべることでスランプから抜け出すことができた裕一。田中の思いに動かされた裕一は、一度は辞退した「紺碧の空」の作曲に再び向き合うことに。試合当日の朝に書きあがった曲をひっさげ、早大野球部は慶大野球部を破る」というもの。

 その応援団長・田中の話す博多弁が冴え渡る。いきなり、「私は、早稲田大学応援部5代目団長、田中隆、言います!」という自己紹介から始まり、「せからしか」など、今は滅多に聞くこともない懐かしい言葉が矢継ぎ早に飛び出してくる。そして、九州男児らしい熱い心意気に思わず涙を誘われる。このシリーズは、慶應の応援歌「若き血」も巻き込んだ描かれ方をしていたせいか、5月19日には22.1%とそれまでの最高視聴率を更新したそうだ。
 

博多弁

<博多弁の人気度>

 https://oggi.jp/195009(2018.12.15)によると、「好きな方言、自分が話してみたい方言」を聞いたところ、1位は「博多弁」(342票)、2位「関西弁」(336票)、3位「京都弁」(287票)という結果になった。西日本の方言が人気のようだ。博多弁が好きな理由には、『「〇〇っちゃ」の「ちゃ」の部分がかわいくて好きです』(31歳・男性)などの声が寄せられているという。
 <代表的な博多弁>


 ある博多弁番付表によると、横綱は「あのくさ(あのね)」 「しんしゃい(してごらん)」 「すいとう(好き)」とのこと。横綱ではないが、 「よか(よい)」 「なして(なんで)」 「しろしか(うっとうしい)」 「しらんめえ(知らないだろう)」 「せからしか(うるさい)」 「しゃあしい(やかましい)」 という言葉も一般的だ。

 

九州弁とは

 福岡は人口160万人で九州最大の都市。福岡県だけでなく、九州の各地から人が押し寄せてくる。それだけに、博多弁以外の言葉を聞くことも多い。

 <九州の方言区画>


 左図のように、九州地方は独立した一つの方言区画だが、福岡県の一部と、佐賀県、長崎県、熊本県を含む肥筑方言、福岡県の一部と、大分県、宮崎県を含む豊日方言、鹿児島県の薩隅方言の三つの方言圏に大別される。

 そして右図の通り、福岡県は、豊日方言の一部である東部方言(豊前方言)と、肥筑方言の一部である、西部方言(筑前方言)と、南部方言(筑後方言)に分かれる。なお、博多弁は筑前方言に属する。
 Wikipedia を見ると、こんな風に分けられるようだが、方言の細かい区分には諸説があると思う。自分の故郷でも広島弁だけでなく、呉弁というのもある。言葉の違いの見方次第で方言はいくらでも増える。

九州弁の歌

<MISIA>

 8月8日(土)、また何気なくNHKテレビを見ていたら、「ライブ・エール~今こそ音楽でエールを~」で、MISIA(42歳、写真)が「好いとっと」という博多弁丸出しの歌を歌っていたので、思わず聴き込んだ。「好いとっと」はMISIAが作詞した曲で、2020年3月30日に発表した。連続テレビ小説「エール」の主題歌でも注目されるGReeeeN作曲で作り上げられ、編曲は亀田誠治が担当。


 この楽曲は、福岡をテーマに書き上げた新曲で、長崎県・対馬で幼少を過ごし、福岡で育ったMISIAが、「しゃれとんしゃ」「とんこつバリカタ」など福岡ならではの表現をふんだんに使い歌詞を書き上げ、踊りたくなるようなアップ・テンポな曲調が一度聴くとクセになるようなエネルギー・ソング。MISIAの大ヒット曲「アイノカタチ feat. HIDE(GReeeeN)」以来、約2年ぶりの最強タッグが組まれ、話題となっていたという。
 MVは、MISIAがアニメーション化され、福岡タワーや太宰府天満宮など福岡にまつわるアイコンが続々と登場。踊るMISIAが可愛いとファンの間で話題に。大人から子供まで楽しめる作品となっている。

MISIA/好いとっと(2020年)【博多弁】

<海援隊>

 以前活躍していた武田鉄矢の率いる「海援隊」のライブの合間には時々博多弁にまつわる語りが入るが、それが実に面白かった。

 博多弁は告白されたい方言としても人気が高く、かわいいと感じる人も多い。「私のこと好いとーと?」なんて首をかしげながら言われたら、男性はイチコロだろう。
 また「と」だけで全てが表現できるとも言っていた。「とっとうと」 これ何だか分かりますか?答えは、「取ってあるの?」や「取ってある」や「キープしている」という意味である。博多土産としてお菓子の商品名で「とっとーと」もあるそうだ。

 確かにこの曲を聴くと、女性の博多弁の可愛いさがよく分かるね。

映画「アナと雪の女王」から「生まれてはじめて」(2013年)【博多弁】

海援隊/母にささげるバラード(1973年)【博多弁】

(歌詞) 
 コラ! テツヤ! 何ばしようとかいなこの子は、おまえ、 はよ学校いってこんか。デレーッとして。 近所の人からいつも、おまえ何てウワサされようか、 知っとうとか。タバコ屋の武田ん方の息子は、 フォーク・ソング狂いのバカ息子、バカ息子って、 噂されよっとお。どうしてまた、 こげん頭の悪か子のできたとかいなね。 ほんなこと、母ちゃん情けなか。あの日、あの日、 父ちゃんが酒さえ飲んで帰ってこんかったら、 おまえのごたあ、バカ息子はできとらんとにねえ。 ほんなことが。

島津亜矢/かえらんちゃよか

<さだまさし>

 「でんでらりゅう」は元々は長崎県内に伝わる童歌。一説には長崎は丸山の遊女の歌とも。長崎くんちの出し物「本踊」や「阿蘭陀万才」でも使われている。 
 長崎市出身のシンガーソングライター達にも愛唱され、さだまさしによる長崎弁ラップ曲『がんばらんば』の歌詞で『でんでらりゅうば』を用いているほか、福山雅治のライブ(稲佐山・道標)の入場曲にもなっている。 
 『でんでらりゅうば』の歌詞は、標準語で解釈すれば「出られるならば、出て行くけれど、出られないから、出て行かないよ、行けないなら、行かないよ」といった若干謎めいた意味になるようだ。(Wikipedia参照)

さだまさし/がんばらんば【長崎弁】

<森高千里>
 森高千里の歌う「この街」のこの映像では3分8秒頃に科白で熊本弁が出てくるが、これは彼女が熊本市出身だからである。方言が登場する歌として、たびたび引き合いに出される。 

森高千里/この街(1990年)【熊本弁】