少し前に実家に帰省した時の話だ。

 
 俺の実家はものすごい田舎にある。
 どの位かと言えば、山を越えるのは当たり前で、最終的には未舗装の農道を延々走らなければならないくらいに。しかも、直線ならそれなりにスピードも出せるのだが、カーブが多くててそれもままならない。
 そしてもう一つ、俺のばあちゃんが生まれるよりも前の話ではあるが、普通に姥捨ての風習もあったらしい。しかし、現代に生きる俺としてはただの昔話でしかなくて、ましてやその昔話には呪いまで登場している。信じてる人間なんて誰もいやしないのだが、年寄り衆はこぞってその話をしたがる。
 
 そんな昔話の舞台となった山の農道を俺は車で走っていたわけだ。明け方近くだったから、輪をかけてゆっくりと。だから、バックミラーに走る人影のようなものが見えても特に気にはしなかった。変わった人もいるんだな――とは思ったけど、田舎にはよく分からない風習が生き残っていたりするものだし。
 
 しばらく気にせず走っていたのだが、ふとバックミラーを見ると、その人影はずっとついて走っていた。しかも、その手元で何かが光って見えた。どうでもいい事なのに、妙に気になってしまい、速度を落として距離を縮めてみて確認する事にしてみた。
 
 ――包丁。
 
 手に持っているのは抜き身の包丁だった。それを持っているのは老婆――しかも、ものすごい形相で。
 逃げなきゃいけないのは理解できるが、事故を起こしては元も子もない。さらに、村に下りてしまうとどうなるか想像もつかない。ただひたすら分岐する農道を走り、行き止まりに辿り着く前に引き離すしか手段を思いつかなかった。
 
 それからしばらく――時間の感覚も麻痺した頃、昔話の一節が思い出された。
 
 村に伝わる昔話の中でもっとも有名な話――昔から何度も何度も繰り返し聞かされた話。実話を基に構成されたと言われる昔話群の中の一話――姥捨て山。そして、その中の一節。
 
 ――山の中のある場所に年寄りを連れて行くと、空中から白い手がたくさん出てきて、どこへともなく連れ去ってしまう。
 
 もちろん、信じたわけじゃない。でも――それにすがるしかなかった。駄目でもともとだったし、昔話で語られている場所に偶然差し掛かったというのもあった。だから、その周辺を闇雲に走り続けた。後を追う山姥も疲れを知らずに走り続けていた。


(続く)