ある夏の日、西の空が夕焼けに染まる頃。

 家路についていた少女はあるものに目を奪われた。

 

 それは今にも朽ち果てそうな鳥居の奥に佇む子供の姿。

 幼い頃から言われていた事があった。

 

 ――宮には一人で近づくな。

 

 その言いつけを忘れたわけではなかったが、彼女は鳥居の下へと辿り着いた。

 そこに居たのは黒い着物に長い黒髪の少女。手には鮮やかな配色の手毬、顔には子供らしくない薄い笑み。人形という表現がぴったり当てはまる――そんな少女だった。

 

「ここには一人で近づいちゃいけないんだよ」

 普段から言いつけを守る彼女は、今まで一度も一人で近づこうとはしなかった。しかし、その話を知らない子がいるのなら教えてあげようと思って、ここまでやって来たのだった。

 

 ――でも、今は二人だね。それに、ずっとここにいるけど、何も起きないしね。

 

 そう言われるとかエス言葉が思いつかなかった。そして不意に――人形少女の背景が目に入った。今にも朽ち果てそうな鳥居。その奥に広がる風景は一様に薄暗く、不気味さが自己主張を繰り広げるような空間だった。

 

 ――あなたの名前を教えてくれる?

 

 鳥居の向こう側からの質問。背景の不気味さに圧倒されていた彼女は、視線を人形少女へと戻して名乗った――小雪だよ、と。

 

 ――小雪、いい名前ね。

 

 小雪が人形少女に名前を尋ねると少女は――私も小雪よ、と言って薄く笑んだ。

 

 ――ねぇ、こっちに来ない?

 

 人形少女にそう促されると、先ほどまでの自分が何に不気味さを覚えていたのかが分からなくなった。そして、促されるがままに――小雪は鳥居をくぐった。

 

 人形少女は懐からお手玉を取り出し、手毬を小雪に手渡した。人形少女は軽やかな手つきでお手玉を始めた。宙を乱れ舞うお手玉は次第に数を増し、最終的には九つを数えるに至った。


 小雪は人形少女の芸に見入っていたが、突然、携帯電話の着信音が鳴り響いた。ディスプレイを見ると、母親からの電話であることが分かり、慌てて電話に出、わずかな会話をして、電話を切った。

「ママが迎えにきてくれるから、そしたら帰ろうよ」

 そう言いながら、小雪の視線は人形少女の手の中にあるお手玉に向けられていた。意図を察した人形少女はお手玉を3つ手渡した。見よう見まねでやってみるものの、お手玉は小雪の手から零れ落ちる。

 

 時間はいくらでもあるもの、すぐにできるようになるわ――そう言った人形少女の顔には獰猛な笑みが貼り付いていたが、お手玉に夢中になっている小雪は気付かなかった。


(続く)