急ピッチ、急ピッチ!

余計な前置きは無しにして
哲司の履歴書⑥レッツラゴー!



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「少し大きめの方がいいかしら」


両親が新調してくれた少し大きめの学ラン。
まだノリがほのかにかおる新品のワイシャツ。
胸には「J」のワッペン。
ピッカピカのカバン。

中学受験という戦争を潜り抜け、吉田耕平はその日城北中学校へ入学した。

JOで入賞したやつが入ったらしい。
中学に入学する直前のジュニアオリンピックのリレー競技で上位入賞を果たしていた吉田。
城北中学校の水泳部にも当然その噂はとどろいていた。


「水球しかないんだもんなー。」


吉田は正直なところ迷っていた。
競泳を続けるのか、新しく水球を始めるのか。

まだ12歳とはいえ、寸暇を惜しんで続けてきた競泳だ。
結果も残してきた。だからこその迷いだった。



「失礼しまーす」



プールサイドにつながるステンレスの重たい扉を空けると、嗅ぎなれた塩素の匂いが吉田の鼻をついた。奥の窓からまぶしい限りの西日が差しこむ。

とりあえず監督とコーチにあいさつしなきゃ。


学ランの裾を雑にまくしあげ、つま先走りでそれらしき人の方へ向かっていた。
しかしその時だった。



ズドーン。
ズドーン。
ズドーン。



ものすごい音を立ててボールを壁にあてている人がいる。
器用に左手も使っている。あの底知れぬパワーは何なんだろう。
吉田はあいさつすることすら忘れ、完全にその原人お方に見とれていた。


「君かい?JOで入賞した吉田君って?」


声を掛けてくれたのは城北高校のキャプテンだった。
吉田より5個も上になる。たくましい体つきに誠実な態度。
いかにもキャプテンという感じの人だった。


「あいつ、なんかすごいだろ。飯塚っていうんだ。俺が高1の時の中1なんだけどね、ずーっと1人でさ、ああやって。」

「イイヅカさん、ですか?」


飯塚、飯塚、飯塚、、、、、、


吉田の頭を駆け巡る「イイヅカ」の文字。
得体のしれない高揚感。一体何なんだろう。


次の日、吉田は水着姿でプールに現れた。
入部を決めたのである。


迷いを吹っ切れさせたのは、他でもない哲司の姿だった。



あれから2年。
哲司は新しいスポーツ「水球」を始めて3年目のシーズンを迎えていた。


周りの生徒に比べ体が一回り大きかった哲司は回しこみの技術を体得し、両利きというアドバンテージを活かしながら、同期の中でも群を抜いて成長していた。

この頃から体の仕組みに関しても興味を抱き始め、筋力トレーニングにも熱心に取り組み始めた。


「こてっちゃん」というあだ名もいつの間にか消え失せ、
「仙人」「玄人」(←音読みではない)などどこか敬意を表すあだ名で呼ばれるようになっていた。


毎日の壁あて、
常軌を逸した筋力トレーニング、
ほぼ無呼吸で行うスイム練習、


数々の伝説が哲司を彩り始めたのがちょうどこのころである。
そんな哲司がまだ新入ホヤホヤの吉田の目を惹いたのは必然だったのかもしれない。



「吉田ちょっと来てくれ。」



哲司は左利きだ。
同じく左利きの吉田に少しながら興味を抱いていたのだ。


「左利きってことは、お前は右サイドだな。俺もだ。お前とは長い付き合いになりそうだな。よろしくな。」


何気なく放ったセリフ。
そんな2人が今や同じ寮で生活を共にしているのだから人生とは不可思議なものである。




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次回哲司の履歴書は高橋ケイティ君の担当です!
乞うご期待!




それではー☆