高橋優さんの『CANDY』という曲。
とてつもない衝撃だった。
聴き進めている間に「もう止めて!」と言いたくなる程、生々しいいじめの経験。
でも、不思議と最後の瞬間まで停止ボタンを押せない。
恵まれた事に大したいじめを目の当たりにすることなく平穏に過ごしてきた私は、この歌の何に惹かれたんだろうか。
* * *
人は、理性的すぎると敬遠されるらしい。
最近そんなことを思う。
中高の友達(A)と話した。共通の友人(B)についての話題になった時、Aは中学時代にBから言われて未だに納得のいかないことを話してきた。
どうやらAは当時の某クラスメイトのことがとても嫌いで、Bも含めた何人かで話している時に、「ホラ私○○のこと嫌いだからさ〜、…」とサラッと口に出すと
Bが「○○ちゃんはそんなに悪い子じゃないと思うし、そうやって『嫌い』って簡単に切り捨てるのは良くない」
とAに返したらしい。
Aの言い分からすると、その○○ちゃんとは別に今後関わることは一切なく、別に自分が○○を嫌いだからといって他人に迷惑をかける訳ではないんだから良いじゃないかということらしい。
「○○ちゃんは悪い子じゃない」の事実の正否がどうであろうと、自分がされたこと、それを不快に思ったことには変わりないから、向こうが悪い子じゃないというフォローをして来る意味が分からない、と。(そのフォローが押し付けがましいとまで言っていて流石にしんどかった。)
即座に「それは違くない?」と思いつつも元来頑固なAを納得させられる程の言葉が思いつかない。
「今後関わるかとか関係なく人を嫌いと思う気持ちそのものを持ってること自体メリットなくない?」
そう返すしかなかった。
正しく生きるって何て難しいんだろう。
Bが言ってることの方が、正論だと思うんだけど。
* * *
以来、何となくモヤモヤしている。
正論を言うことが必ずしもその場にとって「正解」とは限らない。残念ながらそういう社会で、そういう世界だ。
でも、そんなことは「正論」を言う人間を否定する理由になんかなりっこない。
正しく生きたい。そういう難しく、時に汚くなる社会でそれを貫いている人は、とても強い人なんじゃないか。
『CANDY』の一番心に刺さった歌詞は、
「強かな人になろうと誓った
誰にも期待などしなかった
あの人達が正しいなら
僕は世界でも敵に回そう」
私が惹かれたのは、高橋優さんの強く、清く、正しく生きたいという叫びだったのだ。