先月、カメラを中古で買った。衝動買いである。
たまたま前を通った中古カメラ屋に入って、カメラをはじめた9・10年前の頃にとても気になっていたカメラを見つけてしまったのだ。
一眼レフではなく、はじめてのレンジファインダー式のカメラだ(デジタル一眼はまだ買いません。アナログ人間な僕なのです・・・)。
既に一眼レフは3台所有しているものの、この数年ほとんどカメラを撮ることがなくなっていた。
妙に先月からカメラのことが気になって、「また撮り続けていこう」と思ったのだ。
以前の会社でカメラの新製品の企画にも携わっていたことがある。時代がデジタルになり、めまぐるしく成長し、変化のスピードが最も早いと思われる業界の一つにいて、純粋にカメラを楽しみ写真を撮りたいと思う気持ちがいつの間に消えかけていたのかもしれない。
やっとまた写真を始めた頃の気持ちでもう一度カメラと向き合える気がする。
小さい頃に買ってもらったグローブや、ギターを始めたときのような照れくささが入り混じったような嬉しさに包まれて、ちょっとウキウキしてしまった。
いざ公園に、街に、路上にカメラをぶら下げて出かけても、なかなか撮りたいと思えるものが見つからない。無理やりなんでもない景色を撮ってしまったりする。
以前は映画やドラマをみていたり、美術館の絵画やいろんな写真をみて構図を意識して参考にしてたし、街を歩いていても、視線がカメラアイになって、この景色はこう切り取ってカメラで写す、などと考えていたりしたものだった。
ブランクの長さを感じた。
結局、僕が撮りたいのは身近な人の何気ない表情をとらえた瞬間や自然な笑顔なんだろうなと思う。
アメリカにいた頃は、広大な自然にやられて自然写真を撮っていたけど、やっぱり人物なのだ。
風景写真は撮った人の思い入れはあるかもしれないが、見る人には最初だけ感動してお終いが多い。それに、条件がそろえばある程度の撮影の技術を知っていれば誰にでも撮れるものも多い。
だけど、人物は違う。
カメラを向けていい表情のままで写真に写しこむには、写す側と写される側の関係が影響されるはずだ。
(そのへんのことは以前、Every picture tells a story で書いてるのでそれを見てください↓)
http://ameblo.jp/wv002967/entry-10006275593.html
身近な人ってのは家族だったり、いつも傍にいる人だったりするんだけど、一人暮らしの僕にはいまそんな人はいないので、無理やり被写体を探して撮っている。
本当は子供や犬なんかを撮ってみたい。レンズをあまり意識しないから、いい表情で撮れると思う。
自分の子供なんかだったら、撮りまくってしまうんじゃないだろうかと思う。
過去のアルバムをめくってみた。
いろいろとこれまで撮ってきたんだなあと思う。
何かを目のあたりにして心が動くとき、シャッターを切ってフィルムに焼き付けて残しておきたいと思う。
それは綺麗な夕焼け空だったり、かけがえのない人の笑顔だったり。
ただの風景や人物のポートレート写真じゃない。
それは、僕がこれまでの人生で出会ったもので、心が動いた人生の瞬間を捉えたものである。
だから、これからの人生を思うとき、また撮り続けていかなきゃと思ったのだ。
写真はいいなあ、と思った。
そして、もっとうまくなろうと思った。
とりあえず、風に吹かれて紅葉狩りにでもカメラ持って出かけてみるか。