まだ梅雨は始まったばかり。

その先にある夏の青空を早く見たいなと思う。


仕事のことで煮え切らない想いを抱えた状況も、はやくすっきりして心にも青空を欲しい。

青空の下、誰かと手をつないで外を歩けるような日もきたらいいなと思う。



久しぶりの更新。

織田哲郎の曲です。



青空

夢なんてまだ形にならない
だからって何もあせる事はないだろう
昨日寝る前に読んだ雑誌の記事を思い出す
センチメンタルはまるでウイルスのよう

言葉じゃうまく伝えられなくて
色んな他の方法トライしてみる
きっと勘違いだったって別にそれで良いんだろう
ずっとそのまま信じていられれば

愛してると本気で初めて思ってる
奇跡なんてそう起こらないけど
君がいればきっとそれでO.K. 割と全部うまくゆくさ
そんな気がするのは この青空のせいかい


そつなく日々をこなしてゆけるかい
情けなさに涙が出たりしないかい
なぜか思い出はどんどん楽しげに輝いて
センチメンタルはまるで甘い罠
愛してると本気で初めて思ってる
孤独なんて人の基本さ
君がいればきっとそれもO.K. たぶんそんなに悪くないさ
二人歩いてゆこう 青空の下で
愛してると本気で初めて思ってる
心の電池切れそうな時も
君がいればなんとかそれもO.K. 割と全部うまくゆくさ
そんな気がするのは この青空のせいかい
君がいればきっとそれでO.K. たぶんそんなに悪くないさ
二人歩いてゆこう 青空の下で

昨日のワールドカップ、対クロアチア戦はかなり笑えた。


何がって試合後のことである。


試合が終わり、TVカメラがスタンドの観客席を映していた時のこと。

稲本ファンが応援のために垂れ幕を用意したのだろう。かなり大きな垂れ幕だったのだが、そこにはこう書かれていた。


「強力 いなもと」


すごい!

一人大爆笑した。


これは胃腸薬「強力 わかもと」にかけているのだ。


めっちゃ、おもろい。

これを考えた人はかなりセンスがあるとみた。



それをワールドカップという大舞台に、垂れ幕を用意して、それが全世界に配信される。


ええセンスしとるなあ。世界に見せつけてるんやもんなあ。軽い嫉妬すら覚えた。


試合以上に一人盛り上がってしまった。



さあ、次はブラジル戦。


がんばれ、トルシエジャパン!(ジーコです)

宮本の守備にも期待してるぞ!(イエローカード2枚で、次は出れません)


えーっと、そんなところでしょうか。

以前「半人前が残されて」という文を書き残したことがある。

半人前が残されて


その続編でも書いておこう。



半人前が残されて 2


2006年6月6日。オーメンを連想させる日ですが、祖母が亡くなりました。
今日、祖母に最後の別れをして骨を拾ってきました。あと2週間で満92歳。自然死という大往生でした。
もうそろそろ危ないのでそのつもりを、と言うことは祖母の娘である母から2・3週間前に聞かされていました。
『平和と戦争について』で書いた祖父の妻であるおばあちゃんです。平和と戦争について

シベリアに祖父が強制抑留され、息子と娘4人を抱えて満州から日本へ引き揚げる際には、戦争が終わっているにも関わらず引揚者が襲われることがあったようです。
見つからないように、身をかがめて暗くなるのを待って集団で日本を目指して行進していたこともあったそうです。祖母はその帰国の途中で一番下の娘を栄養失調で亡くしています。
朝鮮から船で日本に帰る時には、引揚者の数に対して引き揚げ定期船の数が足りず、地元朝鮮の漁師が「乗せてやるぞ」という話に、お金を渡して乗せてもらう日本人が少なくなかったそうです。
祖母もよっぽどお金を渡して日本まで船に乗せてもらおうかと思ったようですが、憲兵の隊長(?)の奥さんがそんなことをすることは部下の奥さんの手前か世間体なのか出来なかったと話していたことがありました。
が、その漁師をよく観察していると、日本人を載せた漁師の船は沖へ出て見えなくなり、しばらくすると空の船で戻ってくるんだとか。そしてまた「日本まで乗せるぞ。金額はxxxでどうだ」と正規の引き揚げ船を待つ日本人に声を掛けるのだそうです。乗っていた日本人はどうしたのかというと、沖で別の船が待っていて乗り換えたのかもしれませんが、そんな乗り換えは聞いたことはないですよね。
想像ですが、沖へ出で陸から見えなくなると乗客を海に落とし、また商売のために戻ってきて、「日本まで乗せるぞ」と声を掛けていたのかもしれません。そこでもし祖母がお金を渡してその漁師の船に乗っていたら、今頃僕は存在しなかったかもしれません。

帰国後も大変な想いをしていた話を聞きましたが、僕にとっての祖母はお嬢さん育ちで昔の大阪弁を話すとてもかわいらしい祖母でした。
一番下の孫にあたる僕だけが独身というわけですが、いつの頃からか祖母に会うときや、敬老の日にプレゼントを贈ったお礼の手紙や電話を受ける度に「あんた、まだええ人(結婚相手)おらんのか?」とそっちの話題に振られて弱っていた。
母への返しのように返事が出来なくて、苦笑いしつつ「うん・・・。まだいてへんなあ」と言うしかなく、それに続く祖母の言葉は、
「あんたみたいなええ子に何で彼女おらへんのや?みんな見る目ないんちゃうか?」
だったり
「あんたまじめ過ぎるんちゃうか?積極的にいかなあかんで」
だったりするのだが、大抵は
「早くxxx(僕の名前)のお嫁さん見たいわ」で締めくくられていた。

祖母自身は、写真しか見たことがない親が決めた相手と結婚するために大阪から満州へ渡り祖父と結婚をした。海を渡り、まだ会ったこともない相手と結婚するというのは、時代が違うと言えばそれまでだが、すごなあと思う。

久しぶりに会うと「よう来てくれたなあ」と嬉しそうに目を細めていた祖母。
話をしていると、僕や兄の大阪弁を聞いて「懐かしわぁ」と、大阪弁になった祖母。
帰る頃には涙目で玄関から外まで出てきて、時には抱きしめるようにして見送ってくれた祖母。

昨年の10月に、駐在から帰ってきて全然会ってないのが気になていて、兄が祖母にとってひ孫にあたる息子を見せに行くのに便乗して会いに行ったのが最後だった。

綺麗好きで若い頃はオシャレだったらしい祖母は、戦時中洗顔フォームなどない当時に、お米の研ぎ汁が肌に良いらしく、それで顔を洗っていたらしい。
若い頃の祖母の「娘時代」の話を聞くと、その頃を思い出すのか恥らうように照れて話す祖母がとてもかわいかった。

棺に納められた祖母の顔はびっくりするほど綺麗で、しわやシミが一つもなかった。薄く唇に紅が塗られていた。

そんな祖母の顔を見て祖母との思い出を振り返っていると、祖母の長男である伯父から「おばあさんから預かっているものがある」と声を掛けられた。
祖父が死んだ時の9年前に「xxxx(僕の名前)の結婚前に死んでしまうことがあったら渡しておいて欲しい」と言付かって預かっていたらしい。
渡されたのは祝儀袋だった。

表には時折もらった手紙と同じ文字で「xxx(僕の名前)結婚祝  祖母」と書かれて封がされていた。

結婚もしていない僕が、亡くなった祖母からなんと言って受け取ればいいのだろう。
伯父と伯母にお礼を言いながら、やはり苦笑いしてやり過ごし「情けないなあ」と正直な独身男の気持ちを吐いてしまった。

家に戻って、先ほど封を開けてみると、9年前のものだから、中身は旧札だった。
当然ながら、僕はこの祖母の想いが詰まったお金を使えそうにない。
もう一度、封をした。

いつか僕が人並みに一人前になれる頃、墓前で報告をしなければいけない人がまた一人増えてしまった。


関東地方に大地震が必ず来ると言われて久しいです。「必ず」というところに、脅迫めいた雰囲気を感じてしまい余計に恐怖を煽っているように思いますが、私の会社のある女性も不安を感じているようでした。

出荷を担当するその人の席で仕事の件で話をしていると、その人のデスクにA4を縦に半分に切ったような形の本を見つけました。『震災時 帰宅支援マップ』です。
売れているという評判は聞いたことがありましたが、実際に持っていて、ちゃんと会社に置いている人を見たのは初めてでした。
訊けば、その人は心配症なようで、こうして抜かりなく準備をしているのだとか。
きっと家でも防災グッズを揃えていたりするのかな、と思っていたら、やはりある程度は揃えているようです。
で、思わず僕は訊いてみました。

「そこまで準備していると、地震が来るのが待ち遠しいんじゃないですか?」
「そうなのよねえ。ああ、早く地震来ないかなあ」

え?

今日もいい天気だった。
だけど、気分がモヤモヤして気持ちが晴れない。
何をする気も起きない。
原因はいろんなことが重なってるけど、やっぱり仕事についてのことが大きい。
久しぶりに母に電話してみた。
久しぶりに電話すると母の話が長い。聞いてあげることも親孝行のうちかなと考える。
仕事のことで気持ちがモヤモヤしていると話をしてみた。
明るく笑って話を聞く母。
その明るさにちょっと救われた。
ま、話をしたからって何も状況は変わらないんだけど、ちょっと気持ちが前に進みそうな気がした。
「おかん、ありがと」

今日の1曲。BAHOです。

Anytime

悪い方に 考えれば それで It's over
今日の為に 昨日が有るから
時に流され 溺れてしまいそうな
そんな弱気に なったら
You can call me anytime, anytime...
頭に来て 諦めれば それで It's over
投げ出すのが 楽に見えるから
甘い誘いに 陥ちてしまいそうな
そんな自分が 視えたら
You can call me anytime

過去の事 持ち出しても それは It's over
夢はいつも 未来に有るから
笑い話で 済ませてしまいそうな
そんな夢でも 有るなら
You can call me anytime
教えてくれよ
We can share good time
You better call me now and say Hi, Hi, Hi
どんな事でも
We can share good time
You can call me anytime, anytime...
Anytime, time, time Anytime...

今日の昼間に隣部屋の住人から音楽が聞こえてきた。
どうも彼は音楽が趣味なのか、ギターやらキーボードやら多分パソコンも使って曲を作ってる最中のようだった。
以前にも同じように聞こえてきたことがある。
夜中だったら壁を叩くところだが、まあ昼間ということもあり、出かける前だしいいかと思ってそのまま聞くとはなしに聞いていると、歌も聞こえてきた。
悪い趣味だとわかりつつ、気になってちょっと歌詞を聞くため壁に耳をあててしまった。
どうもラブソングらしいのだが、失った恋の痛手についての歌詞のように思えた。
そういえば、去年は「通い妻か」、と思うほど彼女らしい人がほぼ毎日夜中にやってきて音楽聴いたりビデオを観るなどしていたようだが、もうここ数ヶ月そんなこともないようで夜が静かだ。
歌詞を聴いて、彼はきっと彼女と別れたんだろうなと思った。
― 頑張れよ。
今も一生懸命曲を作るその彼に、そう声を掛けたい気分になった。

あ、俺も頑張れよ。

今日の一曲です。
振り向かない  / 山崎まさよし

君の気持ちが揺れたのは
ごく自然なことさ
分かってたつもり 君からのさよならは
今頃になって なぜ 胸を焦がす
不甲斐ない僕にささげてきた
君の時間は取り戻せたかい
置きっぱなしの傘 あの時の忘れ物
だけど 君が部屋のドアたたくことはない

すれ違った後 立ち止まらない
どこかでもし出会っても幸せ祈るだけで
振り向かない 君を見つめない
確かに歩き出すよ

二人で過ごした季節は 数えるほどしかないんだけど
泣いた顔 笑う顔 まぶたに焼き付いてる
だけど君をあの頃に戻しちゃいけない

すれ違った後 立ち止まらない
変わらぬ面影見つけても 言葉は交わさずに
振り向かない 君を見つめない
確かに歩き出すよ

すれ違った後 立ち止まらない
どこかでもし出会っても幸せ祈るだけで
振り向かない 君を見つめない
変わらぬ面影見つけても 言葉は交わさずに
振り向かない 君を見つめない
確かに歩き出すよ 確かに歩き出すよ
寅さんの人生語録 3

久しぶりにこれ書いておこう。
久しぶりに『寅さん』観たくなってきた。

帰るところがあると思うからいけねえんだよ、
失敗すりゃまた故郷に帰りゃいいと思ってるからよ、
俺アいつまでたったって一人前になれねえものなあ。
「3作目 フーテンの寅」
亭主が女房に月給袋を渡す ― いいねえ。
「33作目 夜霧にむせぶ寅次郎」
女に振られたときには、じっと耐えてひと言も口を聞かずに黙って後ろ姿を見せて去るのが、それが男というもんじゃないか。
「21作目 寅次郎わが道をゆく」
「わかりまへんなあ。
そないに格好ばかりつけとったら女ごはんものにならんで。
ちょっとくらい格好悪うても、アホやなあと言われても、とことんつきまとって、地獄の底まで追いかけて行くくらいの根性がないとあきまへんで、この道は」
大阪で喜介(芦屋雁之助)の言葉
「27作目 浪速の恋の寅次郎」
「幸せな恋もあれば、不幸せな恋だってあるでしょう」
さくらの言葉
「33作目 夜霧にむせぶ寅次郎」
だから思い切ってなんでも言ったらいいさ、惚れてますとか、好きですとか。
「14作目 寅次郎子守唄」
満男「大学へ行くのは何のためかな」
寅次郎「決まってるでしょう、それは勉強するためです」
満男「じゃあ、何のために勉強するの」
寅次郎「そういう難しいことを聞くなと言ったろう。
・・・つまり、あれだよ、ほら、人間長い間生きてりゃいろんなことにぶつかるだろう、そんな時に俺みたいに勉強してない奴は、振ったサイコロの出た目で決めるとかその日の気分で決めるよりしようがない。
ところが、勉強した奴は自分の頭できちんと筋道を立てて、こういう時はどうしたらいいかなと考えることが出来るんだなあ。だからみんな大学へ行くんじゃねえか」
「40作目 寅次郎サラダ記念日」

お互いに過去はふれない方がいいんじゃねえか、いろいろあるんだから、な。
「25作目 寅次郎ハイビスカスの花」

「何考えてんだろうねえ、男なんて」
リリー(浅丘ルリ子)の言葉
「25作目 寅次郎ハイビスカスの花」

では、ごきげんよう。
ジョン・寅ボル太でした。

GWだ。

GW、どうも「引きこもり」というような表現がぴったりな時間を過ごしている。
のんびりとでもなく、やろうと思っていたこともやらずに、僕はなにやってるんだろう。
どこかで流れを変えたい。

今日の1曲。
KANの歌です。

8 days A Week
のらりくらりといい加減に やってきた今の僕に
何が残っているのかと ふと君に問いかけられても
答えはもっといい加減だよ やりたいことはやって来たし
逃げるときは逃げまくり そうやって僕は生きて来たんだもんね
こんな風な僕を君は笑うけど
仕方がないから僕だって笑う
そんなことより君を想っているよ
いつも1、2、3、4、5、6、7、8 days A week

東に悩む者あれば 明日は晴れだと傘を出し
西に戦う者あれば 怪我のないようにと水を差し

南に犯した過ちも この暑さじゃ溶けてるだろう
北に変な噂たっても 雪が積もれば埋もれるさ ああそんなもん

電話しなきゃならない彼女もいなきゃ
断りきれない上司もいない
そんなことより君を想っているよ
いつも1、2、3、4、5、6、7、8、9

10years ago 君と出会ってても
きっと同じ様なこと言ってる僕さ
ひとつ心配がもしもあるとしたなら
こんな僕に君がつきあってられるかってことさ
ねえどうなの ねえどうなの なの

いずれにせよ君を想っているよ
いつも1、2、3、4、5、6、7、8 days A week

それで ええ days A week

5、6、7、8、9、10
I love you 1、2、3、4、5、6、7、8 days A week

久しぶりに「今日の1曲」 も載せておきます。
癒されたいと思う今日この頃。
ホテルを出てから飛行機を乗り継ぎ、24時間以上かけて家に辿り着いたけど、時差ぼけも関係なく明日から仕事。休み欲しいなあ。
家に帰って、荒らされたように汚い部屋も落ち着くようでいて、誰も「おかえり」を言ってくれる人がいないのはちょっと寂しい。
誰かが待っていてくれたら嬉しいなあ、
・・・あ、いかん、いかん。遠い目になってた。
彼女もいないから、また明日から一人、頑張らなきゃ。

YELL

25歳ぐらいを過ぎたらきっと やりたいことなんかも見つかって
情熱いっぱい努力もいっぱい その夢のためにつぎこんで
人から見たらつまらないことでも自分の道に誇りを持って
胸をはって生きてる自分を信じていた
その頃くらいになったらきっと 本当に好きな人も見つかって
誕生日には小さな指輪と未来の二人に乾杯して
子供の名前は何にしようか どんな街で暮らし始めようか
ベッドで夢見る二人を信じていた
花に水をあげること忘れてないかい
最近の空の色を君は知ってるかい
歩き続けることを無意味に感じてないかい
背伸びしすぎて疲れちゃいないかい
OH エール 終わらない旅を歩いてるのは君だけじゃないよ
OH エール 自分の居場所を捜してるのは君だけじゃないよ
OH エール 悔し涙を流す君を笑ったりしないよ
OH エール 僕らはまだ歩き始めたばかりだ

子供の頃には朝がくるたびに新しい輝きに包まれて
その気になったら自分にできないものなんてないって思ってた
転ぶことだって恐くなかった 自転車に初めて乗れた時の
大きな奇跡をいつでも信じてた
宿題ばかり胸に溜め込んでないかい 
自分で勝手に自分をあきらめてないかい
歩き続けることを無意味に感じてないかい
夢を話すこと恥ずかしがっていないかい

OH エール 終わらない旅を歩いてるのは君だけじゃないよ
OH エール 自分の居場所を捜してるのは君だけじゃないよ
OH エール 悔し涙を流す君を笑ったりしないよ
OH エール 僕らはまだ歩き始めたばかりだ
「応援・・・ 応援・・・」
OH エール 終わらない旅を歩いてるのは君だけじゃないよ
OH エール 自分の居場所を捜してるのは君だけじゃないよ
OH エール 悔し涙を流す君を笑ったりしないよ
OH エール 僕らはまだ歩き始めたばかりだ

戻ってくるために、離れることが必要だった


上の言葉は浜田省吾のアルバム『HOME BOUND』の帯に書かれていた言葉です。


久しくこのブログも更新していませんでした。

忙しくしているのは以前お伝えのとおりです。4月からの会社の組織変更でそれがさらに顕著になりました。

ずっと北米の出張に行っていて、今日の夜帰って久しぶりに僕のブログを見てみました。


ひろさん、コメントありがとうございます。

僕は物理的に覗けない環境にいましたが、その間にもまだ訪問者がゼロになっていませんでした。増えた日もあり、コメントをくれないまでも、このブログを気にしている人がいるのかなと思います。


今回の出張はいろいろと思うことがありました。

また駐在の話が具体的に上がっていて、本当にやりたい興味ある仕事のために転職をと思っている僕としては、苦しく悩む状況です。今は転職活動が停滞させて、まずは学校の勉強で力をつけることを優先としていたのですが、急がないとまずいかなと思ってます。

あと、英語の力不足を感じました。


いずれにせよ、また戻ってきました。

正直、気にしながらも、毎日のようにここのブログを更新させることはできないと思ってます。

だけど、終わらせようとは思ってません。

終わらせるときはちゃんと「おわり」って書きます。


何をいま優先させなければいけないのか、自分の中で考えてやっています。

毎日仕事を終えての帰宅が午前様で、洗濯・アイロン・朝食の準備に皿洗いなど、普通に暮らすだけでも毎日となると大変なのに、今後の自分のために勉強などをやろうとすると、元から足りない睡眠時間を今年になってさらに削って頑張ってますが、ブログまで手が回らない状況です。

手を抜くのは簡単だけど、それは後になって自分を苦しめるんだと思って、なんとかやっていこうと思ってます。



それでは、また。