着々と結婚パーティーに向けての準備が進んでいるような、ないような。。。


会場の予約は済んで、そろそろ、友達に声をかけていかなければ!



3月の大異動が行われた後の職場へ顔を出した。

もちろん、娘を引っさげて。

なんだかんだいって、1月に一回は職場に行っている。


主な理由は、私の給料から毎月差し引かれていた社宅の家賃を支払いに行くため。

育児休暇中は、完全に無給のため、家賃を差し引くわけにもいかない会社なのである にひひ 。

だから毎月、足しげく会社の財務にい行ってる私。

初めは面倒臭いと思っていたが、職場の人たちに顔を忘れられずにすんでいるのかも?


いつも、娘は大人しく私と行動を共にしてくれて、本当にありがとう ぶーぶー ぶーぶー

自分の都合を優先させてしまっているなぁと反省である。


思えば、保育園を選ぶのだって、親の、私の都合が優先されている。

本当は、娘を優先に考えて選びたいと思っているのだけど。




 私たちみたいな、同棲の延長上に妊娠を機に入籍したカップルというのは、普通の結婚(というものは存在するんだろうか?!)をしたカップルとどこか違うのかしら?


一ついえるのは、新婚生活は出産育児とほぼ同時進行だということね。

新婚生活って、結納、結婚式を終え、例えば本当に例えば、ハワイのハネムーンから、アロハ着て、スーツケースの中にマカダミアナッツたくさん詰めて、新居に帰り着き、ほっと一息緑茶をすすった、次の瞬間から始まるって気がする。(気がするっていうのも、一連の流れを未経験だから・・・)


結婚指輪、入籍後、一応一緒に見に行ったけど、まだ買ってないんだ。

まだ買ってないという書きかたは、今後買うってことが約95パーセントくらい決まってる場合にいう言葉だとすれば、もしかすると適切な表現ではないかもしれない。

だって、もしかしたら、これから先も、私の左手の薬指には、結婚指輪ってはめることないかもしれないからね。


そんな私たちを見かねてか、大学時代の友人から結婚パーティーをしようという話が持ち上がった。



そんなめでたい話があった、翌日には、夫「離婚じゃー」の台詞とともに、一泊二日実家に喧嘩帰省しましたけどね。


なかなか道は平坦じゃないわ。


ふぅ 叫び


さてさて、 チョコ パーティー チョコ は出来るのかしら?


娘も8ヶ月を過ぎ、体重も10キロに届こうかとしている・・・


抱っこしようと、手を出せば、こちらに向かって手を伸ばしてくるとかげ


今日、双子を産んだいとこが三人目を身籠ったとの知らせを受けた。

とても嬉しい ニコニコ

どうしても女の子が欲しいのだそうだ。


今日は おひなさま 。


ココにくるときって、いつも喧嘩したときだったなぁ。

だから、喧嘩ばかりしてると思われるのが嫌で、もう長いこと、ココを放置していた。


相変わらず毎日なにかしらの衝突をおこしているけれど、それでも前と変わったのは

旦那ことを少しは理解しようと思えるようになったこと。


きっと、私は娘と自分のことで、手いっぱいで、旦那のことは、よっぽど居てくれなくても結構!!と思っていたくらい。


今でも、手や足を挙げられた時のことを思い出すと、素気ない返事をしてしまうし、心の中で、「ケッ!!」って思うけど。


「相手に真剣に向き合わない」という意味ではなく、旦那のイライラ度などを察して、極力火の粉をかぶらないようにする

という知恵をつけたのです。


ほっとくのが一番だ。



そして、自分のイライラが溜まったら、旅に出るのもよし、実家に帰るのもよし。


また、キャパを広げて、一緒に始めればいいことなのです。


今日の夕ごはんは、ぶり大根。


夫は、このところ続いた論文の締め切りのため、何日も徹夜の日が続いていた。

30時間ぶっ続けで、机に向かうことも度々だった。

そのためか、床に就くと、「背中が痛い、背骨が折れてるみたいに痛い」と顔をゆがめることもしばしば。奥

近所の整体院にいったところ、筋肉が疲労で伸びている状態だという。

週に3日は、リハビリに来るように申し渡されてしまった。


そして今日は、リハビリの日。

家にこもりがちな夫にとってみれば、通院といえども外出みたいでいい気晴らしになるんじゃないかしら。

出かけ際の夫に、私は、「ぶり大根するから、お魚屋さんに行って、ぶりのアラ買ってきて」と頼んだ。



リハビリを済ませて帰ってきた夫の手には、白いビニール袋に入ったぶりの頭の切り身が。

よくよく聞いてみると、つい最近移転した魚屋さんを探して、元お店があった場所まで行って、移転先を聞いて、お目当ての魚屋さんまで行ってくれたようだ。


夫は、頼んだことは意外と忠実に、やってるくれている。

今日も、雨の中リハビリ後に、沢山歩いてくれたし。


なんだか、こんな風に書くと、まるで私が鬼嫁みたいだなぁ・・・・


午後2時から仕込んだ、ぶり大根は、夫にも娘(大根とごはんをすりつぶした離乳食ですが)にも大好評。

夫も、器に入った煮汁まで、すっかり飲み干してしまった。




夫の嫌なところしか見えなくなったしまったから、こうして、毎日一つでもいいから、夫の良いところを見つけていこうと思う。



お義母さんは、私に、夫を「信じてごらん」と言った。


今回の喧嘩の原因や日々の生活の話をするうちに、私は、やはり、夫の生活リズムが、かなりストレスなっていることに気が付いた。夫は、仕事柄、講義がなければ家にいることが多いし、論文を書いたりするので、やはり、夜に集中して、明け方寝る。そして、昼近く、昼過ぎに起きるという生活をしている。


私にしてみれば、狭い団地の部屋で、一部屋まるまる自分の書斎として使い、その上寝室まで占領されると、なんともやるせない気持ちになるのだ。私は、掃除が好きで、畳の部屋に、濡れた新聞紙を撒いて、箒でサーッと掃く、その行為にこよなく爽快感を覚える。それなのに、夫が、デーンと寝ていると、それが叶わない。まことに、ストレスが溜まる。


私には、夫が、ただのだらしない男、にしか見えなかった。

だって、大の男が、昼間から寝てるなんて、夜勤の重労働しているわけでもあるまいし!!と心のどこかで、思っていたのだ。


そういうのが、日々少しずつ、堆積していって、些細なきっかけで大爆発となるんだ。


夫のやること、全てが、気に入らなかった。

トイレのドアを開けっ放し、

靴下脱ぎっ放し、

電気つけっ放し、

布団ひきっ放し、

朝起きたらお菓子食べて、

ベランダでタバコ吸って・・・・・・・・・・・・・・・・・・数え上げればきりがない。


だから、どんなに夫が徹夜で論文を書いていようと、そちらには目がいかないで、何をしたところで、だらしない男しか見えない。


それに、夫の仕事というのは、やりました、「ハイ、毎月決まってお給料!」という類のものではない。

これまた、心のどこかで、「やったところでお金にならないじゃん!それを仕事、仕事と偉そうなこと言わないで!」と思っていた。


お義母さんは、そんな私の心が透けて見えていたのだと思う。

「信じてごらん」と言われた時、なんだか、恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちになった。


お義母さんも、私と同じように、夫のことで葛藤したらしかった。

長い間、自分のブログを開くことなく時間が流れて、もう12月、師走だ。


11月1日の大喧嘩。

結局、私たち3人は、今も一緒に暮らしている。

娘5ヶ月に突入。


大喧嘩のあと、私は、夫の母親を味方につけた。

お義母さんの携帯に

「大喧嘩をしました。夫は、これまでに家族に対して暴力を振るったことはありますか?蹴ったり、叩かれたりしました。今は、もうどうしていいか分かりません」という内容のメールを送った。


蹴ったり殴られたり」と書きたいところだったけど、お義母さんを吃驚させちゃいけないと思い、「蹴ったり、叩かれたり」と柔らかい表現にしておいた(あまり変らないかな?)。


ありがたく思え、夫よ!!!


夜、お義母さんから自宅に電話があって、「メール見ましたよ。分かりましたよぉ。メールのことは内緒ね。」とのことだった。


その週末は3連休で、金曜日に夫の両親がうちに来て、一緒に買い物に出かけた。

娘の、冬に向けての服や、ガラガラおもちゃなど。

お義母さんは、私が滅入ってると思って外に連れ出してくれたのだと思う。

その日の夕食は、お刺身の美味しい料理屋さんで、食事をした。


料理屋に行くまでに、私と夫は、大喧嘩の件(主に暴力のこと)で再び言い合いになり、駐車場に着いても、車の中で泣いていた。お母さんが、ドアを開けて、「どうしたの?私はミンminさんの味方だよ。私もね、結婚して1年目は、いつも泣いてたんだよ。」と言ってくれた。お店が混んでいたこともあって、私は、しばらく、風に吹かれて涙と、怒りの熱を冷ました。


お義母さんも九州出身だ。

夫と付き合い始めの頃、自分も九州出身なのに、「あぁ、気が強い人だったらどうしよう?」などと心配していたこともあった。


その夜、私とお母さんは、夜中2時半まで、いろんなことを話した。




11月15日 (水) 晴れ


昨日は夫の論文の締切日。

家族3人でドライブも兼ねて、夫の大学まで論文を提出に行きました。


その帰り、かねてから気になっていた南幹線沿いのカレー屋「マハラジャ」に行きました。

帰り道が混んでいたので、午後7時半ころに着いたのですが、店内に他のお客さんはいなくて、娘が泣いたりしたら他のお客さんに迷惑になるので、ちょうど良かったです。

それに、店内にはネパール人マスター夫婦の4ヶ月になる娘さんのゆりかごが置かれていて、奥さんが赤ちゃんをあやしていました。

子供連れでいけるフレンドリーなお店ですね。

また発見!!


赤ちゃんは、娘と同じ6月生まれ。

お目目が大きくて、こちらを見てニコニコ笑っています ニコニコ 。

娘は、カレー屋さんの匂いや雰囲気に、ちょっと緊張してるのか、お顔がゆるみません むっ 。



私は、ゆりかごの傍で、奥さんと一緒に子育て話をしながら、お料理が出てくるのを待っていました。


黄色い花 注文料理 黄色い花


・お豆のカレー

・チキンのカレー

・ナン

・揚げナン

・マンゴージュース

(娘に気を取られてメニューの名前を覚えていません・・・)


なんといっても、お値段が手頃。

カレーも一皿500円(税込み525円)で、ナンは300円(税込み315円)!!

味も美味しいし、ナンはとっても大きいです。

手で食事が出来るから、簡単だし、娘を抱っこしながらでも平気。


なのですが、

このお店の素敵なところは、奥さんが、私達が食事している間、「ゆっくり召し上がって」と、娘をあやしていてくれたこと。

アンパンマンの赤いガラガラを出して、娘をあやしてくれました。


ありがとう。

美味しかったです。



夫の両親は、聖人君主かと思うほどの、穏やかで素敵な人達。

どうして、この両親から夫が生まれてきたのかと思う。

鷹が鳶を生みました、という具合。


↑ ↑ ↑

ここまで書いて、長い間パソコンを開くこともなく、日々過ぎて参りました。

どうして、夫の両親のことを書こうかとしたかというと、大喧嘩の翌日に、お義母さんに喧嘩のことで相談したからです。




私達夫婦は、9年間付き合って、娘を授かったのを機に結婚しました。


妊娠していることが分かったとき、彼(現・夫)は、博士論文提出を控えて、めちゃくちゃナーバスな時期でした。

私は仕事で、朝早くから夜遅くまで、日によっては、日付が変わってから帰宅していました。


妊娠が分かったとき、私はホントに嬉しくて、夫の状況とか考えることなく、妊娠していることを伝えました。

夫の反応は、テレビドラマとかで見る「妻を抱き抱えて大喜びする夫」の図ではなくて、なんというか、私にとっては、ちょっと悲しい反応でした。

「産んだとして、自分はまだまだ仕事も決まっていなし、養っていく自信はない。」の一点張りでした。

そして私は、産むことしか頭にありませんでした。




平行線のまま、毎晩毎晩繰り返される言い合いに私はほとほと疲れていました。

もう仕事も辞めて、実家に帰り未婚のまま、出産しようと決めていました。


そんな時に、夫のお母さんが味方になってくれました。



二人で子供を育てていこうと決めた日に、夫の実家に行きました。

夫のお母さんは、「ごめんなさいね」って涙をこぼしました。


その日から、私の中で、「夫のお母さんにしっかりと寄り添っていこう」という気持ちが生まれたのです。