南部美術館での展示、少しづつ紹介して行きたいと思います。

 

まず、富士山コーナー。

 

1.「月下富士山図屏風」

山梨にはスケッチに出かけることが多く、年に何度も富士山を見る機会があります。絵描きの特性か、僕の特性かわからないけど、目に入るものは、なんでもモチーフに見えてしまうので、「これ」なら、「この角度」で「こういう構図」で「こういう風に描くと面白い」とか、「こういうものと組み合わせてみると良い」とか、そういうことを頭の中にシュミレーションします。あるいは、実際に下図を作ってみます。

富士山も何度も描こうとシュミレーションしてみましたが、どうも、うまく絵にならないのです。描くことは描けるのですが、どうしても、「末広がりの縁起物の富士」とか、「日本一の富士」やら、「銭湯の壁絵的な富士」やら「日本人の心のふるさと富士」やら、そういうものがぽこぽこと顔を出してきてしまいます。

でも、「富士山」って、実際にそれを目の前にすると一瞬言葉を失うのですね。「これは一体なんなんだ。」という感じで。そんな、富士を前にして言葉を失ったままの、ありのままの富士を描ければと、挑んではみましたが。

なかなか、一筋縄では行かないのが、富士山のような気がします。彼が僕に語りかけてきます。

「小僧、まだまだじゃのう。」

 

2.新作🌟「盆中の富士」

今回南部町で展覧会といううことで、南部町から見た富士山を描くことにしました。ちょうど山と山の間に見えるので、盆の中の富士山として、西行法師が歌を詠んだそうです。頭が尖っていて独特の山の形状です。

 

3.村上綾さんには特別参加でご出品いただきました。富士を詠んだ和歌を書にしたためていただきました。

『万葉集 』2695番「富士〕~読み人知らず~

表装古裂: 牡丹唐草文緞子、紅絹(もみ)

本料紙: 楮紙手染め金銀焼泊、粗金銀砂子加工

わぎ(支)もこに

あふ(婦)よしを(越)なみ(三)す(寿)る(流)が(可)な(那)る

ふじの(能)た(多)か(可)ねのもえつゝか(可)あら

む(無)

原文: 「吾妹子尓 相縁乎無 駿河有 不盡乃高嶺之 焼管香将有」

 ※「よしをなみ」手段がないので

 ※「燃えつつかあらむ」〈つつ〉継続。〈か〉疑問。〈む〉推量。

    愛する妻に逢えなくて

    駿河の国の富士山の燃える様な姿は

    わたくしの想いを表しているのだろうか

~ 冷静沈着な富士の姿に内在する、活火山としてのうちに秘めた生命(いのち)は、まさに「静中の動」。江戸期の古裂紅絹(もみ)の燃える様な朱色に、愛する人に心を馳せる万葉人の姿を表現してみました。ドイツに暮らしながら、愛しい故郷を想い続ける自らの燃える様な郷愁の念を重ねて....。