知り合いのお供で
とある武道場へ出かけた。
関東の奥深い場所の
マイ道場をお持ちの方のもとへ。
私の知り合いはかなりの実力があり
指導出来る人はそう多くはない
普段は何もかもが強い彼女は
本当は教えを乞いたいのに
遠慮しまくって、はや数年
その上、強度の方向音痴(笑)という弱点を持っているためその意味でも思いきれない。
周囲の「行けるうち行きなさい」との言葉にもぐずぐず。
見かねて、
私が付いて行くから!行こう!
でどうにか腰を上げた。
師に連絡をとったら
大歓迎でどうぞどうぞと喜んでくれたそう。
産むが易しである。
私はその武道の経験も興味もまったくなし。
一緒に行くだけ行ったら
あとは邪魔しないように
近くの観光地巡りでもと思っていた。
その日は生憎の雨☂️
師が「こんな日に行ってもつまらんので
ここにいなさい」と私に言う。
へっ?この凛と張り詰めて静かな道場に?
心から遠慮し固辞したにも関わらず、
優しさで言ってくれてるであろう言葉に
結局抗うことはできなかった。
でも最初の指導が始まったら
俄然私の目が輝いた。
立ち居振る舞いの美しさも求められるその武道。
歩く時は
両足の間にある中間バランスを意識しなさいと言う言葉を聞いて
「私今日ここにいられそうです」と即答していた
ダンスと一緒
足を横に出す時は支えている足で出すとも。
もちろんいずれの動きも超ゆっくりだけど。
別の地域から来た上級者のお弟子さんと彼女は
すでに出来ているが
師の言葉にキリリと身が引き締まっていくのがわかる。
その集中に静けさがいっそう増す。
師は更に立ち上がる時の動作からはじまり
力を抜くところ
伸ばすところ
降ろすところ
肩の位置を
ゆっくりと正していく
返事はすべて「はい」である
その度に彼らの動きが変わる
師の視線は私にも向けられ
私が決して飽きぬように噛み砕いて言葉をかけてくれる
私の姿勢も何故だか自然に正されていく
近年その武道も結果オーライに傾きつつあるらしい
だが
その師も教えを乞いに来た二人もそうではない。
所作の美しさも大事だと言う本来のあるべき姿を大切にしている。それは難しい事ではあるが追い求めるには充分だ。
80歳になんなんとする師はこうも言った
私は今まで学んだものを
一度全部捨てました
そしてあらゆるところの力を抜いて
体の使い方を1からやり直しています。
その年齢で積み上げたものを捨てる
中々真似出来る事ではない
だからこそこの師に習いたいと遠方から人が訪ね来る。
そして「変えた動きを実は貴方達に見ていただきたかったのです。
どう見るか、良いか悪いか、
それを分かるのは貴方達のレベルの人達だけだから」と。
それで待っていてくださったのですね。
学びを止めない姿勢に私まで頭が下がります。
私は結局5時間以上お邪魔し
姿勢を正していたおかげで有難いことにまだ崩れず継続しています。
用意された何種類かの飲み物に茶菓。
門外漢の私に向ける言葉の数々
人を持てなすとはこう言うことかと
改めて学びました。
あー、本気で楽しかった。
情けは人のためならずですね。