犬の散歩友達の1人が亡くなった。

背中が痛いと言って検査を受けて

一年も経たずに


その友の病状を聞いて

心を痛めていた私たち


入院したとご家族から聞いて

もう会えないのかな?

お見舞いとか彼女が嫌がるだろうな

精神的にも身体的にも苦しいときに

家族以外の人には会いたくないだろうから


と思っていた。


でも彼女は私達を病室に呼んでくれた


まだ寒い時


何を話そう?

どんな顔をして会えばいい?



病室についたら

ご家族が彼女を囲み

ベッドの上には

誕生日祝いのケーキ


「わっごめんなさい。

他の日にすれば良かったですね」


「ちょうど良かったんです。

今日母は凄く調子がよくて、

昨日はとてもしんどそうだったんですよ

皆さんがいらっしゃるのを楽しみにして

いたから今日で本当に良かったんです。

一緒に母の誕生日を祝っていただけますか?」


彼女を始めご家族の穏やかな笑顔に

病室は

そこだけ特別な場所のように

光が溢れ暖かい


具合が良さそうな彼女に

私たちはすごくほっとして

彼女のバースデーを心から喜んだ


彼女は楽しそうに

私たちの犬のことを聞き

ともに歩いた何千回の日々をなつかしんだ

私たちの犬は飼い主に似て

少し抜けてて話題にことかかなかったから

毎日がとても楽しかった


ある日彼女の犬が公園で

得意げに

瀕死の鳥をくわえ見せに来た時は

皆んな卒倒しそうだったね


彼女の

「家の桜を見たいな、見られるかな」

と言う言葉で

私たちは彼女の余命を知る事になった


春になって

帰宅した時

また私達を呼んでくれた

今度はかなり弱っていて

もう布団からは起き上がれなかったけど

弱々しい声でも

有難うと言ってくれ

皆んなで行った平泉の旅行楽しかったねと

嬉しそうに言ってくれた


差し伸べられた手を握りかえし

共に歩いた日々を思って

こちらこそ有難うね

本当に楽しかったね。


そして心のなかで

本当に有難う

今はサヨナラね

でもきっといつかまた


呼んでくれてサヨナラできたおかげで

私たちは

いえ私は

すごく悲しかったけど

家を出たあと

何かは分からないけど

心の中の一部分に静かな明るさがあった


私のいつかも

かくありたいと願う


とても難しいことだけど


優しかった友が見せてくれた見事な

最後を決して忘れない


数年前の事だけどすべてを覚えている