やっと見れたニコニコキラキラ


今日は水曜日ひらめき電球

レディースdayハート
映画が1000円で見られる素敵な日ラブラブ!


仕事も1時間の残業で無事終わり、なんばのTOHOシネマズへ音符


実は1人で行くほど映画大好きなんですアップ



今日は前から見たいと思ってた『神様のカルテ』を見てきました映画


小説を先に読んでしまってたので、自分の世界観や看護観もプラスされてしまってたけど、根底にあるものは揺らぐことなく、しっかりと心に問いかけてきた。


物語の中で、ある終末期患者さんとのやりとりがある。


それを見て、私の心に閉じこめていた思いが出てきた。



私は看護師1年目で、外科病棟に配属された。
そこは手術で治り元気になっていく患者さんばかりがいるものだと思っていた。
でも、実際にその病棟には手術で取ったはずのガンが転移・再発し、抗ガン剤治療をし、闘った末に、病魔に蝕まれ、壮絶な死を迎える人が多かったのだ。

最初は患者さんの死にただただ悲しみの涙を流していた。

最初から最後まで受け持ち、そして看取った患者さんについては、家に帰ってからもしばらく泣き続けたこともあった。

自分がしたことがダメだったんじゃないかと責めたときもあった。

病室で我慢できず泣き出したこともあった。


そんな私を見かねてか、先輩に『仕事やねんから、一回ずつ悲しんでいたら、続かないよ?』と言われた。

そして、いつの間にか、少し患者さんと距離を置くようになった。


それがいいのかわからなかったけど、看取りが続き、心はズタズタになり、そうするしかなかった。


それ以来、終末期の患者さんと向き合うことが苦手になった。


苦しんでいるのに何も出来ない、痛みを取り除くこともできない。

ただただ自分が無力であることを思い知らされる。


時には『何もしてくれない』『何しにきた!』と言われる。

そんな中で死と向き合う患者さんのそばに寄り添い続けることも、思いを受け止めることも出来ずにいた。


ほんま最低な看護師です。




救いたくても救えない命に直面するときに、何ができるのか。

それは医療者の永遠の課題なんじゃないかなと思う。


でも、寄り添うだけで気持ちを救えることもある。

そんなことに気づくことのできた、素敵なストーリーでした☆


今、私は難病チームの一員として働いてます。


一番苦手だった難病。


その病気は、治療手段のない不治の病。
治ることのない病気です。

患者さんだけでなく、ほとんどの人に『死』を連想させます。

宣告された人は、理解ができず、否定したり、悲しみに暮れ、時には行き場のない思いをぶつけてきます。
反対に思いを言えず、ため込んでしまう人も居ます。

そんな人たちが暮らす地域の中で、少しでもその人に寄り添い、救いになっていけたらと思いますニコニコ


明日からも頑張るぞニコニコ!!