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認知症ケア 理論と実践のあいだ

認知症について語る
介護施設での十数年間のケアを振り返りながら
認知症の基本的な理解を交えて語っていく

ロボット介護機器に関する事業に経済産業省は25億円の予算を計上している。

ロボットというと、「そんな非人間的なものが介護になんてなじまない」という意見がある。




確かに、機械というのは、それを擬人化したところで気味が悪く、それに、メンテナンスが大変で、価格も高いというのが、介護現場の機械化の障害になる、というのが専門家の意見のようだ。



現場の切実な問題もある。確かに介護労働者不足が叫ばれている。しかし、介護職の代わりをロボットにやらせるという発想では、現場の介護職は仕事を奪われるという恐れを感じ、抵抗感がある。



良い面もある。


介護現場において2点。


利用者側からは

介護を受ける時の心理的な負担(気をつかう)を減らすことができる。


介護者側からは


介護する時の身体的負担(腰痛や夜間対応、身守りなど)を減らすことができる。




ロボットと言うと抵抗感がある。しかし、視点を変えてみる。便利な道具という視点で考えなおせば、すでに介護現場の中では、電動ベッドや歩行器、車いすだって道具である。TVも携帯電話もパソコンだってそうだ。


ロボット=機械というものが、介護現場に入ってくることを私は反対しない。

大切なのは、人間の代替品としてロボットがあるのではなく

人間の補助としてロボットが役に立つという発想が必要なのだ。




ひとつ、カラオケ機器を例に考えてみよう。

ほとんどのデイサービスではカラオケの機器が導入されている。

カラオケ業者によっては、カラオケロボットと呼んでいるところもあるから、ロボットの話にはちょうど良い。


ある施設ではこのカラオケロボットを認知症の方に利用している。

場面はこうだ。



悪い例だが・・

ホールの中に、カラオケロボットを置いて、音楽をプログラムして繰り返し鳴らす。内蔵された紙芝居をTVで流して繰り返し見せる。何種類か入っているクイズや体操を流し続ける。認知症の利用者はそれをただ見せられている。介護スタッフ、その間、書類を片づけ、部屋の掃除をする。並べられたソファに座らされた認知症の利用者の横に、スタッフは寄り添うという名の「ただ座っているだけ」「ただ笑っているだけ」「ただ一緒にいるだけ」。そして、スタッフは忙しい忙しいと業務をこなしている。利用者の表情には精気がなく、無表情、行動意欲もなく、ただ、サービス提供時間が過ぎていく間、おとなしく過ごすことを求められる。

一部ではあるが、これが認知症対応型と看板を挙げている施設の実態である。



一方でこんな施設がある
カラオケ機器を利用して、スタッフと認知症利用者は一緒に歌を探し、歌い、踊り、拍手し、「あの人うまいねぇ」と感想を語り合う。“踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿保なら踊りゃな損損”といいながら、歌という手段を利用して、人と人との触れ合いや心を解放する。認知症が進行したって、素晴らしい十八番の曲を歌い上げる人はたくさんいる。歌謡曲はだめでも、農作業などをしながら口ずさんだ歌なら歌える。わたしは民謡、わたしは追分節。童謡だったら子供に歌ってあげたことがある。認知症があるとかないとか、障害があるとかないとか、できないとかわからないという障害を越えて、互いに認め合うことができる。


ただし、それにはスタッフの圧倒的なな気づきと配慮の力が必要である。



ロボットのプログラミングだけではどうにもできないことだ。





一つは、認知症の人のその日、その時、その一瞬の気持ちの微妙な変化を察すること。そして適切に対応していくという認知症ケアにおいてもっとも重要なケア技術だ。

介護スタッフが、認知症ケアの微妙な心の変化に対応するために、その他の“機械でもできる”作業を機械にやらせる、というのがもっとも正しいロボットとの関わり方ではないだろうか。ロボットが求められるのは、あくまで認知症ケアを補助的に支えるという機能だ。





もう一つ、それは関係性を調整することだ

カラオケルームにポンと機械を置いて、好きなように歌ってOKとしたらどうなるか。

そこには意見の強い人が仕切り、おとなしい人はそれに従うという、上下関係ができはじめる。

目立つ者だけが目立ち、関係は一方的になる。

力の弱い立場の人はマイナスの世界に陥ってしまう。

コミュニケーションにおいて人間関係があることはごく当たり前のことである。しかし、それが固定化され、慢性化すると、“いじめ”という関係ができてくる。

いじめの問題は子供の学校だけの問題ではないのです。

介護スタッフが、意識して人間関係をコントロールしなければ、集団というものは必ず上下関係を作り出す。特に認知症を患っている立場の人はとても弱い立場になる。

悪い施設になると介護スタッフがその上下関係を助長しているところもあるくらいだ。

困ったものだ・・。





話を戻そう。



国の重点開発分野としてあげられているのは

移乗介助機器

移動支援機器

排泄支援機器

入浴支援機器

見守り支援機器

これは経済産業省のホームページでも見ることができる。



補助的な機器であり、“プライバシー配慮”と“力を必要”とする部分の代替なので、これらは評価できるのではないか。




結局、機械を使うのは人間。

機械にケアを丸投げするのではなく、機械をうまく利用すること。

そして機械を利用するケアスタッフがしっかりとした知識と経験と志をもっていること。

これが非常に重要になる。

介護は人なり。





あえて、皮肉を交えて言うならば。

認知症ケアにおいて、ロボット以下のケアしかしていない介護スタッフも少なくないのは、とても悲しいことだ。