2日・3日は箱根駅伝
と駅伝競走大会が続いて行われました。
駅伝とマラソンをスポーツや陸上競技にあまり関心がない方は同一視しているようです。
駅伝は各走者が途中の中継所まで走り、走り終えるごとに前の走者から受け継いだ【襷(たすき)】を次の走者に渡していくのですが公道使用上の制限から遅れが大きいチームの場合、中継所を最初に受け継いだチームから概ね10分以上の遅れがあって前の区間の走者が来ないうちに予備の襷を持っていわゆる繰り上げスタートを余儀なくされる事も。
*大会によっては15分ないし20分以上の遅れがあった場合、繰り上げスタート*
各走者が走る距離・総距離・性別の組み合わせは大会によって様々になっています
ただし、国際陸連が定める国際レースの基準では男女別にフルマラソンと同じ42.195キロを6区間(5キロ・10キロ・5キロ・10キロ・5キロ・7.195キロ)を走ります。
*1日のニューイヤー駅伝は7区間100.0キロ、2日3日の箱根駅伝は往路5区間107.5キロ復路5区間109.6キロ総合計10区間217.1キロ*
近年までは日本だけの競技でしたがハワイ・グアム・ベルギー・ニュージーランド・オーストラリア・カナダ・シンガポールなどで駅伝大会が開催されています。
1917年(大正6)4月27日に行われた東海道駅伝徒歩競走が駅伝の始まりで、関西組と関東組に分かれ京都・三条大橋を午後2時に出発して東京・上野の不忍池(しのばずのいけ)までの23区間約508キロを昼夜問わず走り抜けるというかなりハードなもので先着の関東組がゴールに到着したのは29日の午前11時34分で三条大橋と不忍池のほとりにはそれぞれ駅伝発祥の地の碑があります。
関東組のアンカーは金栗四三(かなぐり しそう)氏で金栗氏は箱根駅伝の開催に尽力し日本に高地トレーニングを導入したり日本マラソン界の発展に大きく寄与するなど日本におけるマラソンの父と称されています。
金栗氏の功績を記念して富士登山駅伝・箱根駅伝には金栗四三杯が設けられていて、今年の箱根駅伝では東海大学の8区を走った小松陽平選手が授与しました。
6日から放送のNHK大河ドラマ「いだてん」は日本が初めて夏季オリンピックに参加した1912年(明治45)のストックホルムオリンピックから1964年(昭和39)の東京オリンピック開催までを描き、金栗四三氏と東京オリンピック招致に尽力した田畑政治(たばた まさじ)氏の2人の主人公をリレーする形式でとなります。
田畑氏は日本水泳連盟元会長。

