「何が起きても読まれることはない」
あなたは自分の書いたものを
読んでもらえると思っていませんか?
甘い。甘すぎる。
地元山梨の清里高原のソフトクリームよりも甘いです!
(とても甘くて美味しいんですよ)
その勘違い、どうにかしないと
手遅れになりますよ…?
…なんて偉そうに話していますけど
私も良く思い込んでしまいます。
油断するとすぐに思い込んでしまいます。
気を張り巡らせていないとすぐに思い込んでしまいます。
と、クドいくらい書きましたが、
これくらい意識していても
ついつい忘れてしまうものなんですね。
書いた文章は読まれません。
絶対に読まれません。
何があっても読まれません。
今書いているこの文章も読まれません。
魂を込めて書いても読まれません。
寝る間を惜しんで書いても読まれません。
とにかく読まれないということです。
今日ネットで見た文章を思い出してください。
何が書いてありましたか?
書いてあったことを思い出せますか?
思い出せませんよね。
なぜなら、
私たちは文章を読んでいるのではなく
「見て」いるからです。
何となく「こんなこと書いてあるな~」
と、ぼーっとしながら眺めているからです。
意識してみているわけじゃないのだから
覚えているわけがありません。
これと同じことが私達の文章にも起きています。
逆に、私達に書いた文章だけ
特別に見られていると思うほうが
おかしい話ですよね?
もしブログにアクセスしてきたお客様がいたとしても
それは何かの間違いでアクセスしてきたのであって
「なにか面白いものないかな?」と思っている程度。
決して
「志村さん何を書いているんだろう!
今日も楽しみだなぁ!」
なんて思ってはくれないので
誤解しないようにしましょうね、私。
ブログも広告もホームページも、
文章であるものすべては同じです。
これを体の奥底、魂、心臓、脳
とにかく奥底にまで刻みつけることで
ようやくスタート地点に立つことが出来ます。
つまり、ただ何となく文章を書いているだけでは
スタートラインに立つことすらできていない、
ベンチ入りすらしていない応援席の野球部員状態であることを
自覚しましょう。