つま先、トーンッ | ライター海江田の 『 シラフでは書けません。 』

つま先、トーンッ

あの、つま先、トーンだよね。
永井秀樹がスルーパスを出すちょい前、地面を蹴ったキックフェイントですよ。

J2第9節、東京ヴェルディ vs ザスパクサツ群馬@味の素スタジアム。
ぱっとしないゲーム内容で、互いに決定機を作れずに後半アディショナルタイムに突入。
ボックスの前で永井にボールが渡り、そのキャリアが凝縮されたようなプレーが出た。
永井は右足の前にボールを置き、多少無理筋でも縦パスを狙うかと思いきや、つま先をトーン。
相手の動きを止め、ほんの少しだけ時間をつくった。
勝負を分けたのは、この一瞬の間。
そこで、視界の右端に入ってきた安西幸輝にスルーパスを通す。

「上がってくるのはわかっていたからね。安西くんがあそこで浮き球のクロスを入れたらノーチャンス。前から話していた速くて低いボールを入れてくれた」(永井)

グラウンダーの折り返しを、南秀仁が左足で角度を変えてネットを揺らす。
さらに南は、ブルーノ・コウチーニョからのパスを決めて2点目を奪った。
終わってみれば、2‐0。ホーム4連勝だってさ。

前節、0‐2で敗れたジュビロ磐田戦は、最後のクオリティーの差がきれいに出たゲームだった。
決勝点は、矢のようなクロスをヘディングでドーンッ。
ああいったフィニッシュは、いまのヴェルディではちょっとイメージしづらい。

一方で、選手たちはやれることをやり、現状の力は出したと思えた。
随所で身体を張り、いつもはクリーンにファイトする澤井直人が、相手にゴンッとひじを入れたりしてね。
おお、このゲームは闘いだ、と。

で、結局負けちゃったんだけど、爽快感のようなものはあり、いいゲームを見たなあとけっこう満足していた。
ところが、選手たちは悔しさいっぱいで、充足はみじんも感じられない。
もちろんそうあるべきで、易々とコップの水が満たされるようでは困るんですよ。
向上していくうえで、渇望感を重要なファクターとする人種だから。

僕の満足の基準はずいぶんと下がってるんだなあと、あらためて気づいた。
経営面などピッチ外のことに気を取られたり、気持ちよく応援できない時期を経て、元気にサッカーやってくれるのが一番みたいな。
でも、チームは新しい人がどんどん入り、サポーターもまた入れ替わり、生命体として活力を保つようにできている。
いまのヴェルディみたいな若いチームは特にそれが顕著。
指揮官は高い志を掲げ、選手もそれを信じて走る。
彼らは沁みついた余計なものがなく、無垢だ。

この乖離って、どうなんだろうと思ったね。
「スポーツはその可能性だけを追っていくもの」と言ったのは、評論家で、スポーツ批評の手練れとしても知られた虫明亜呂無だ。
僕は全面的にそうだとは思わないが、本質的にはやはりその通りだと思う。
とすれば、ヴェルディに関し、ヒリヒリした感じの原稿なんてもう書けないんじゃないかしら。

タニさんの車に乗っけてもらい、おいしいものをたくさん食べた楽しい遠征だったんだけど、そういうことがずっと頭に残ってるなあ。


●掲載情報
『フットボールサミット第29回 清水エスパルス サッカーの街に生きるクラブの使命』(カンゼン)
日本平のグリーンキーパーの仕事に迫った「ベストピッチの条件」と、昨年引退した柴原誠にインタビューした「プロ選手の壁とは何か」の2本を寄稿。
クラブのゲラチェックで、久しぶりにもめたねえ。
ほんとは、柴原はもっと活き活きと面白い話をしているんですよ。
あっちの広報さんの言っていることは、僕からすれば「あんた、プロのサッカー選手に向かって、あのシュートはインサイドじゃなくてアウトサイドを使いなさいよって言いますか?」ってなもんで。
そういうところとはお付き合いをしないに限ります。