ダンシャリアンシリーズは「小説を読もう」に加筆修正してUPしています。
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 蒲谷連(カマタニレン)は久しぶりの連絡に少しだけうろたえた。
 その相手は楠美
(クスミ)、二年半前に別れた同い年の元カノだ。連絡先を消さずにそのままにしていた彼女とのやりとりは事務的なもので終わっていて、
部屋にあった荷物送るけど、住所変わってない?”
悪いけど要らないから捨てといて
というもので、それからは一切連絡をしていなかった。


 それが久しぶりに連絡が来たと思ったら、「私、結婚することになったよ」というのだ。


 何だよ、自慢かよ。


 連はそんな独り言とは裏腹に沈んでいく気持ちをどうすることもできない。入学まもなくサークルで出会い、大学時代の思い出のほとんどに楠美がいた。
 それが就職し、彼女が化粧品メーカーの美容部員になってから、土日休みの連とは完全に生活リズムが変わり、お互い無理をしないと一日デートすらできない。夜会うにも昼間会うにもどちらかが合わせ、翌日の眠気を我慢する。次第に些細なことがストレスになって行き、無理に会う事をしなくなり、顔を合わせるのすら苦痛になっていた。きっかけは何だったのか今となっては曖昧だけれど、一度喧嘩をしたら止まらなくなり、不満を爆発させたらもう別れるしか無くなっていた。


 今ではもう楠美に未練はない。それははっきりしている。
 顔がタイプで、明るい性格は好きだったけれど、気が強くて一度決めると何を言おうが考えを曲げようとしない、その頑固さにいい加減疲れていた。だから彼氏ができようが結婚しようが平気なはず、だったのだけれど。実際は気持ちがそわそわして落ち着かない。何だろう、これは。


「それ、なんかわかるわ〜。負けたって気がすんだよなぁ。今、すげー幸せならそんなん余裕だけどさ、そうじゃないと余計に、な」

 大学時代からの友達町田(マチダ)に正直な気持ちを告白したらそう返された。同じサークルだった町田は楠美の事もよく知っているし、今でも友達なので、連よりも彼女の近況をよく知っていた。

「でもま、お前もここは大人になってお祝いの一つも言ってやれよ。相手、年上の美容師らしいぞ」

 蒸し暑い日でビールがよく進んだ。町田も徐々に饒舌になる。

「休みが合わないサラリーマンはダメってか」

「てか、お前もいい人見つけろよ。それで対抗すんだよ。俺の方が幸せだぞーって」


 町田には咲耶(サヤ)のことは話していない。母親の浮気が原因で両親が離婚した町田には到底言えない。


「そうだ、結婚相談所にでも登録しに行くか。俺らちゃんと正社員で働いてるし、条件悪くねぇと思うんだけどなぁ」


 町田は潔癖症で、過去の女にはそれが原因で別れを告げられている。正直、連は町田には結婚は無理だと思えるから、こんな風にあけすけに相談できるのかと思えてくる。
 嫌なやつだ、自分は。
 連はぼんやり、町田が紙ナプキンでジョッキ跡のついたテーブルを拭き取るのを眺めた。ジョッキの底、テーブルを、何往復もするナプキンはもうこれで何枚目だろう。


「でもさぁ、結婚って正直あんましたくない。だって他人と暮らすって散々面倒じゃん」

 町田が舌ったらずな口調で新しい紙ナプキンを自分の額にあてる。

「人が動くだけで埃が舞うし、女ってそういうのほとんど適当じゃん。なんでだよ。女なのにさ」


 連は町田の偏見に満ちた言葉を聞き流しながら、豊満な胸の上に落ちたポテトチップスを、手でパンパンと払って撒き散らす咲耶の仕草を思い出していた。

「家の掃除なんて掃除ロボットがあれば楽だよ。仕事行ってる間にしてくれるんだよ」

 便利だよー、連くんも買いなよー。

 掃除が大嫌いという咲耶は、埃っぽい空気が苦手と言って自分はしない掃除を連に強要してくる。


「なんか鼻がムズムズしてくるの。空気清浄機と掃除ロボットは私には必須アイテム」

 彼女の私生活は旦那によって守られていた。掃除も旦那が率先してやるのだと言う。


「でもさ、その前にこのカーペット捨てなきゃだね。なんかカビ臭いし、掃除ロボットってとにかく床に何もない方がいいんだよね」


 連は、町田がとろんとした目でゆらゆら揺れているのに笑いをこらえながら、カーペットってどうやって捨てるんだろうなと考えていた。そうだ、楠美と一緒に選んだソファも思い切って買い替えよう。

 腹の中に溜まっていたどんよりした雲はいつの間にかどこかへ行っていた。連は、これを機に引越しまでしてしまおうかと本気で考える。心機一転して、楠美に心からお祝いを言えるようになるのだ。それが男としての第一歩なのだ。


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