蒲谷連(カマタニレン)は、ダンボールを開いて中身を確認する。
母親のとし美が差出人の荷物は、送り状に記載してある通りほとんどが食料品だ。カップラーメン、チンするだけのご飯、レトルトカレー、ポテトチップス、その間を埋めるように、近所の洋品店で買ったようなダサいTシャツ。
「スターウォーズって」
有名なロゴが胸元にデカデカとはいった微妙な色合いのTシャツを眺め、また元に戻す。
床に座ったままで、スマートフォンを取り出し、時間を確認するとまだ10時前だったので、母を検索して発信をタップする。
「あ、母さん?荷物届いたけど、もういいよ。俺だってもう働いてるんだしさ、ん、ちゃんと食べてるよ。でもありがと。っていうかあのTシャツ部屋着にしかなんねぇし。勘弁してよー、ダサいよ」
ふふふと笑う声を聞いて電話を切る。シンとした電話の向こう側では、すでにパジャマを着ていつものように湯呑みに入れた白湯をすすりながら、一年中出しっぱなしのコタツで背中を丸めている母親の姿が透けて見えた。
連は電話を切ると同時にリモコンを操作してテレビをつける。母親と話すと、妙に一人であることが強調されるように感じるのだ。実家の匂いを一瞬嗅いだような気になるからかもしれない。
大学を入学した時に一人暮らしを始め、社会人になってからも同じ場所に住み続けている。就活が終わったら引っ越そうと思っていたのに、バイトしては旅行というのを繰り返していたら、すっかりタイミングを逃してしまった。
社会人になったら、土日に不動産屋を回るのも面倒でついそのままになっている。もうすこし便利が良くて、設備も新しいところに引っ越したいと思うのだけれど、更新の時に頭をかすめる一連の作業は、ずっと先延ばしにしたままだ。
ただ最近は真剣に引っ越しを考えるようになった。半年後に迫る更新のこともあるし、咲耶(サヤ)のこともあるからだ。
「うちからここに来るのに、電車二回も乗り換えなきゃならないんだよ。もっと近いとこに引っ越しなよ。連くんの会社からも別に近くないんだしー」
甘い声でそそのかされるとついその気になってしまう。その一方で、咲耶に合わせて住まいを変えることにほんの少しの抵抗もあった。
咲耶と知り合ったのは三ヶ月前。連が所属する営業二課のイベントで、受付の短期アルバイトに入ってくれたのが彼女だった。人目を引く美人でスタイルもいい。気遣いも細やかで愛想も良く、常に笑顔を絶やさないところが感じよかった。
打ち上げの飲み会に誘うと喜んで付いてきて、隣の席同士になり一番よく喋った。大きなイベントが終わった開放感も手伝って、連は好きな映画の話を饒舌に語り、咲耶はとろんとした目でずっと真剣に聞いてくれた。勢いそのままホテルに行き、知ったのだ。咲耶が結婚していることを。
「旦那がいるから、好きな事できてるようなもんなの。旦那の収入は大して良くないけど、自分の生活の心配しないでいいから楽」
彼女はフリーのフラワーデザイナーを名乗ってはいるが、それだけの収入では勉強する費用すら捻出できていない。こう言う短期アルバイトをしながら、なるべく旦那には迷惑がかからないよう経験を積んでいる最中なのだと言う。
「フラワーアレンジの講師になるためのレッスン受けてて、そっちが軌道に乗ればアルバイトしなくても済むんだけどね」
旦那もレッスンの日は家事をやってくれたり、金銭面以外では非常に協力的らしい。
「そういうのも裏切りたくないし。私からすると旦那はもう友達っていうか同志みたいなもんで。でもやっぱりさ、気持ちっていうか、恋心っていうかそれは別物なんだよね」
咲耶は連の手のひらを自分の豊かな胸に当てて上目遣いにこちらを見る。
「もう旦那には男としての魅力は感じないかな。本当申し訳ないんだけど」
連は都合のいい理屈だな、と頭では冷静に思うのだけれど、心が勝手に反応してしまう。引き返そうと思えばいくらでもチャンスはあったのだろうけれど、そのどれも連のブレーキにはならなかった。
「私は絶対にあなたのものにはならないからね。それでいいなら、ときどき会おうよ」
咲耶は頬をキュッと引きあげて、イヤラシイ魅力的な笑顔でそう誘ってくる。
思えば、学生の頃から付き合っていた彼女と別れてから二年半。リハビリにはこのぐらい力の抜けた恋愛のほうがいいかもしれない。連にはまだ結婚する意思はないし、仕事も面白くなってきたところだ。咲耶からは罪悪感を微塵も感じないことだし、この誘いを断る理由が連には見当たらなかった。
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