こんばんは、エマです。

 

先日、誕生日を迎えました。

 

 

本当はデート相手と一緒にお祝いしてもらうはずだったのですが、

ちょっと悲しい諸々の出来事があり、

せめて自分で自分を祝ってあげようと気持ちを切り替え、

行きたいところに行って、

美味しい食事をいただきました。

 

 

一人で贅沢して満足できる部分もあるけれど、

一方で、根本的なところが満たされていないな~と

感じる瞬間があります。

 

 

寂しさ

だけでなく、

何か奥底でぽっかり穴が空いているみたいな感覚。

 

 

それがなぜなのか、

何なのか、

自分でもよく分からなかったのですが、

 

 

自分自身の内面を癒すためワークをしていたときに

ある記憶がよみがえってきました。

 

 

 

 

幼稚園の頃。

5歳か6歳だったと思います。

 

 

母が私に、

「お誕生日会をしてあげるからお友達を呼んできなさい」

と言いました。

 

 

幼少期の私はとても引っ込み思案で、

自分から人に声をかけたりするのが苦手な

自信のない子どもでした。

 

 

そんな私は、

周囲の子たちに

「私の誕生日をお祝いして!」と言うことができず、

当日は、1人だけが家に来てくれました。

 

 

それを見た母は私に、

 

 

「あんたって、祝ってくれる人がいないんだね!

 

 

他の子の誕生日は大勢でお祝いするのに、

来てくれた子もびっくりしていたでしょ。

 

 

あんたみたいな子なんて、いないよ。

恥ずかしいわね」

 

 

と言い放ちました。

 

 

 

私はその言葉に深く傷つきました。

 

おそらく、心が痛すぎて

強制的に表面的な記憶から抹消してしまうくらいに。

 

 

でも、言われたことは私の中にくさびのように打ち込まれ、

以来、

私にとって誕生日は、

自分が人からお祝いしてもらえる価値があるかどうかを確認される

オーディションのような日になってしまったのです。

 

 

毎年、

今年は誰かと一緒に過ごせるのか、

お祝いしてもらえるのか、

 

非常にというか異常に気にかかって

ソワソワしてしまう理由。

 

 

私はてっきり、

また独身のまま年齢を重ねるのが嫌だから

そう感じてしまうのだと思っていたのですが、

 

そうではなく、

 

もうずっと昔、

子どもの頃から、

 

私は自分がジャッジされる誕生日を迎えるのが嫌だったんだ……

 

 

そのことに気づいて、

号泣してしまいました。

 

 

物理的には、子ども時代をやり直すことはできません。

 

でもせめて、

心の中では、

大人になった私が子どもの頃の私を祝ってあげよう。

 

 

お誕生日、やり直ししようね。

めいっぱい楽しく過ごそう。

 

そう決めました。