佐川道場というのは、今、ネットなんかで調べると、あまりいい話出て来ないみたいですけど、あれはね、行った人でないと分からない所だと思いますよ。

第一に、佐川幸義先生の技の凄さ。これは実際に見た人でないと分からないでしょう。
想像を絶するとはまさにこの事で、他の武術をやってた人には考えられない技術だと思いますね。YouTubeなんかに上がってる大東流合気柔術の動画とは全く違います。完全に相手を無力化してしまう。先生の指先に触れただけで、もう、何も出来なくなるんですよ。それを佐川幸義先生は技術だと言う。技術だから、誰にでも出来るはず、って。ちなみに、自分の通っていた時に、門人でこの技術、即ち「合気」を出来る人はいませんでした。

まずいのは、佐川幸義先生という圧倒的な巨大さに巻き込まれて、門人達も同一化してしまう事ですね。先生は他の剣術や体術をはじめ、ボクシングからプロレスまで、何にでも対処出来るように研究しつくしてるんですよ。だから、空手の技なんかでも「こうすればいいんだ」と言って、ぱあん、と投げ飛ばすわけです。
そうすると門人達も、自分は出来ないにもかかわらず「合気を使えば、空手なんかやっても役に立たないんだ」とか言い出すんですね。上段者ほど、佐川幸義先生の技をよく知っているので、よく言うようでした。
それは入門したての白帯からすると、慢心や傲慢に思えたりもするわけです。まぁ、自分は同一化する心理を知っていたので、仕方ないなと感じていましたけど。

第二に、佐川道場では、技は自力で掴むもので教えてもらうものではないんですね。白帯なんかにしてみると、ただただ投げられに道場へ通っているようなもんです。そこから自分で考えて、技を盗み取って行かなくてはならない。しかし、正解なんて分からないわけですよ、先生以外はね。黒帯だって、何十年も通っていても、本当のところは分かってないんですよ。結局、分からない同士で稽古してるから、正解に辿り着けない。誰も合気を会得出来ない。
それでも、佐川道場の人は皆んな強くなって行くんですね、不思議な事に。保江さんなんて、トンデモ武術家みたいに言われてますけど、その辺の町道場の合気道の師範では倒せないでしょうね(たぶん)。

で、自分は半年くらいで辞めてしまうんですね。
その話は、次回。
つづく。



佐川幸義先生の道場は、見学不可。道場に行くには入門するしかない。というので、手紙を書いて、入門許可をもらいました。

で、国分寺駅近くの喫茶店で高弟の木村さんと待ち合わせて、そこで入門の書類を書き、道場へ。
道場は誰もおらず、二人だけで稽古開始。準備運動も無く、いきなり合気上げという、正座で膝付き合わせて向かい合い、相手に両手首をつかまれ押さえられたのを上げる、という合気道なんかでもよくやるやつから。とくに、何をどうとも言われず、こんなんでしょうか、って感じで、見よう見まねでやるんですね。だから、相手にちょっと強く押さえられると、もう、上げられないし、だからといって、上げ方を教えてくれるわけでもない。

続いて、合気投げという、合気上げから相手を倒す練習をするんですけど、やってごらん、って言うだけでどうしたら倒せるのかは教えてもらえない。当然、相手は倒れないし、崩せもしない。微動だにしないわけです。
で、今度は木村さんの番。手首を押さえると「いい?」って訊くので「はい」って返事。その瞬間、ぱあん、と後ろに飛ばされて柱に激突。鼻血出ました。
おかしな話ですけど、この時笑い止まらなかったですよ。なんだろう、あぁ、これこれ、こんなのを探していたのよ、って感動したんでしょうね。

そうこうしてるうちに門人も何人か来て、やがて、奥から佐川幸義先生出ていらっしゃるんですけど、眼が怖くてね、すくみましたよ、本当に。
で、先生は椅子に腰掛けて、門人達の稽古を黙って見てるわけです。こっちは、関節極めようが何しようが微動だにしない木村さん相手に悪戦苦闘し、逆に木村さんにはパッカンパッカン投げ飛ばされて、もう、膝とか足首とか擦りむけて血出てるんですよ。正座もきつくなって来る。

と、佐川幸義先生何か言う。そうすると、先生の話を聞き逃すまいとして、門人達は稽古を中断して、先生の周りに集まって正座する。すると、先生は木村さんを呼んで、腕を掴ませたり、手首掴ませたりするんですけど、そうすると、あの微動だにしなかった木村さんなのに、先生はちょっと動くだけで、しかも椅子に腰掛けたままで、まるで雑巾みたいに投げ飛ばすんですよ。ほんとにね、身体と畳と水平になって飛んで行く。しまいには、胸ぐら掴ませて、服ですよ服、ちょっと肩揺すると、ぱあん、と飛ぶんですよ。

なんじゃこりゃ?どういう事よ?って、思うんですけど、なんかね可笑しくて笑っちゃうんですね。

で佐川道場に通い始めるんです。
つづく。


そして大東流合気柔術へ。

別に柔道の事ばかり考えていたわけではないんで、大学の哲学科を学費払えずに中退したり、いろいろいろあって、大東流合気柔術の道場へ行く頃は、もう、中学を卒業して十年くらい経ってました。


大東流合気柔術の道場というのは東京だけで何十ヶ所もあるんですよ。日本武道館に登録してある琢磨会というのは、武田惣角先生から免許皆伝を受けたという久琢磨先生の道場で、これは関西の道場。大東流合気柔術宗家である武田惣角先生のご子息の道場は北海道にあるので、こちらも行けず。で、東京にその宗家から免許皆伝を受けたという先生の道場あるので行ってみる事に。


まぁ、結論から言うと、養神館とかと変わらない感じですかね。関節極めたりするだけで、自分の考える柔よく剛を制すとは違う。


念の為言っておきますけど、合気道とか大東流合気柔術を批判してるんではなくて、自分の求めてるものではなかった、という話です。


この頃、ボクシングから離れて沖縄空手なんかやってたんですけど、そこで佐川幸義先生の話を耳にする。佐川幸義先生というのは、唯一人武田惣角先生の合気を会得した人物で、高齢ながらまだ小平で道場を開いているというんですね。


で、いよいよ佐川道場へ。

つづく。