もう、何度も夕方~夜で緊急外来受診だらけで
怖くて不安で眠れない毎日でした
4月18日もまた出血が増えて下の子の誕生日だったのに
祝うこともできず、今回はそこで収まったけど怖くなり母にまたこっちにきて欲しいとお願いしました。入院は今すぐはできないと帰宅
検診も週2になり何もなければ20日
19日急いで入院準備をして、午後には母もきてくれました
何度も本当に申し訳なくて
無事20日まで何とか持って、入院荷物も持ち検診へ
採血と内診
お偉い先生です。朝の忙しい時に恐いだの不安だのと涙した私も悪いですが、泣いてたってしょうがないだろと、今回は入院までしなくていい、また検診で様子見
といわれ、なんで私ばかりこんなに怖くて不安な日々を送らなきゃなんだと、皆に迷惑かけてる申し訳なさで涙もとまらず
昼頃、帰宅
母は治ったのだと思い込み
説明すると先生の言うこときいて頑張るしかないねと
そして夜
やっぱり出血が増えて夜間で受診
着くまでに1リットル位の血をなくし、人生初輸血
輸血しなければ死んでいたと思うけど
私みたいに価値ない者に何人分の貴重な血を入れてもらい
本当に申し訳なくて
意識とぶのも2回目だった
緊急入院、ドバドバで続ける血を輸血とガーゼで無理矢理とめて
緊急オペは避けられました
土日安静であんなに酷かった出血が嘘のように付着くらいで
過ごせ、輸血のおかげで貧血も少し落ち着いていました
毎日、涙がでる
色んな不安で押し潰されそう
23日にMRIを撮ってみよう!とそれで今後の方針を決めましょうと
不安過ぎてMRIすら怖かったんです
造影剤の注射をしてとります
何でもかんでも副作用あるかもしれません
自分の諦めの悪さに馬鹿だなーと呆れました
その日は待ちで何時に撮れるか分からないのでご飯は抜いて待って
夕方に呼ばれました
ベッドに横になり、異音を我慢すれば、私はもう点滴の管があったのでそこから造影剤を入れるだけで、終わってみれば何も痛いことはない…でも怖かった
で、結果をもち先生がきて生き生きとした血液があるのが残ってます
胎盤ポリープといいます
皆で話し合い最善の手術ですと動脈塞栓術のものと掻き出す清掃術ともしもの時の輸血、全摘出などの説明用紙をたくさん渡され
夕飯食べて明日、手術かもだから朝は抜いてと言われたけど
先生と看護師さんの情報共有ゼロで夕飯は出ず、下のコンビニへ買いに連れていってもらいました
その用紙を読めば読むほど怖さが増して眠れない
24日、先生がきて今日、放射線科の先生と話して15時頃手術します
気を紛らわせるのが大変で空腹で待つのも憂鬱で
やっと呼ばれたけどベッドに乗ったら怖くて怖くて涙が
怖くないのかな皆色んな人いるけどこわいよね私だけか?
放射線科の先生は腕が良いらしく、あの先生でダメならもうダメと言うくらいな先生らしい
私を見るなり「目が死んでる笑 大丈夫だよこんなの」
というようなことを言い、しばらく待たされてからさくさく始められました、最初の局部麻酔は少し痛かったけど、あとはもぞもぞ作業されているのが分かる程度と少し痛いときもあったけど平気でした
最後、止血で手圧迫が一番痛かった
手術が進むにつれて下腹部に生理痛のような痛みがきて
血がでているような気もして怖かった
誰も私の顔はみないので不安は消えず
だいたい15時頃手術室には入ったけど16時頃始めて17時頃終わり
生理痛のような痛みが重くて痛み止してもらい
痛み止は1回で大丈夫でした
晩御飯は食べて良いけどベッド上安静なので頭を30度までしかあげられません
旦那がきてくれていたので介護してもらい、お腹もすいていたので
ある程度完食しました
まだ完全じゃないけど恐怖が少しだけ消えてきた
もう、安静6時間なので、そのまま寝るよういわれたけど
脚のポンプで動けないから、腰が痛くなってきて寝たり起きたりをくりかえし
6時間経過した11時頃先生が圧迫テープとりますねときた
やっと少しうとうとしてたのに…とは思ったけど我慢
が、その強力なテープがはぐときに痛いのなんのって
一番痛かったのでは?というくらいでした
はがされ目も覚めたけど動けないから眠るよう心掛け
体があつかったので(造影剤の副作用か?)アイスノンを借りて
少し休めました
次の日は普通に座って朝食も食べられ
9時に脚のポンプを外してもらい、病棟内を歩いてみました
こんなにすぐに歩けると思わなかったので、それだけで嬉しくて
ちょっとしたことが嬉しくてでした
ご飯がおいしい、眠れる、自分で歩ける全部全部ありがたいです
とりあえず今日までこんな感じで過ごして
後はカテの効果を期待して様子をみましょうとのことで経過観察入院継続中です
このまま、血がいかなくなったポリープが枯れてポロッと落ちてくれたら一番だと言うことでした
まだ、不安は完全には消えないけど一歩一歩、色々考えて下さる先生方を信じて頑張ろうと思えてきました
怖くて不安で眠れない毎日でした
4月18日もまた出血が増えて下の子の誕生日だったのに
祝うこともできず、今回はそこで収まったけど怖くなり母にまたこっちにきて欲しいとお願いしました。入院は今すぐはできないと帰宅
検診も週2になり何もなければ20日
19日急いで入院準備をして、午後には母もきてくれました
何度も本当に申し訳なくて
無事20日まで何とか持って、入院荷物も持ち検診へ
採血と内診
お偉い先生です。朝の忙しい時に恐いだの不安だのと涙した私も悪いですが、泣いてたってしょうがないだろと、今回は入院までしなくていい、また検診で様子見
といわれ、なんで私ばかりこんなに怖くて不安な日々を送らなきゃなんだと、皆に迷惑かけてる申し訳なさで涙もとまらず
昼頃、帰宅
母は治ったのだと思い込み
説明すると先生の言うこときいて頑張るしかないねと
そして夜
やっぱり出血が増えて夜間で受診
着くまでに1リットル位の血をなくし、人生初輸血
輸血しなければ死んでいたと思うけど
私みたいに価値ない者に何人分の貴重な血を入れてもらい
本当に申し訳なくて
意識とぶのも2回目だった
緊急入院、ドバドバで続ける血を輸血とガーゼで無理矢理とめて
緊急オペは避けられました
土日安静であんなに酷かった出血が嘘のように付着くらいで
過ごせ、輸血のおかげで貧血も少し落ち着いていました
毎日、涙がでる
色んな不安で押し潰されそう
23日にMRIを撮ってみよう!とそれで今後の方針を決めましょうと
不安過ぎてMRIすら怖かったんです
造影剤の注射をしてとります
何でもかんでも副作用あるかもしれません
自分の諦めの悪さに馬鹿だなーと呆れました
その日は待ちで何時に撮れるか分からないのでご飯は抜いて待って
夕方に呼ばれました
ベッドに横になり、異音を我慢すれば、私はもう点滴の管があったのでそこから造影剤を入れるだけで、終わってみれば何も痛いことはない…でも怖かった
で、結果をもち先生がきて生き生きとした血液があるのが残ってます
胎盤ポリープといいます
皆で話し合い最善の手術ですと動脈塞栓術のものと掻き出す清掃術ともしもの時の輸血、全摘出などの説明用紙をたくさん渡され
夕飯食べて明日、手術かもだから朝は抜いてと言われたけど
先生と看護師さんの情報共有ゼロで夕飯は出ず、下のコンビニへ買いに連れていってもらいました
その用紙を読めば読むほど怖さが増して眠れない
24日、先生がきて今日、放射線科の先生と話して15時頃手術します
気を紛らわせるのが大変で空腹で待つのも憂鬱で
やっと呼ばれたけどベッドに乗ったら怖くて怖くて涙が
怖くないのかな皆色んな人いるけどこわいよね私だけか?
放射線科の先生は腕が良いらしく、あの先生でダメならもうダメと言うくらいな先生らしい
私を見るなり「目が死んでる笑 大丈夫だよこんなの」
というようなことを言い、しばらく待たされてからさくさく始められました、最初の局部麻酔は少し痛かったけど、あとはもぞもぞ作業されているのが分かる程度と少し痛いときもあったけど平気でした
最後、止血で手圧迫が一番痛かった
手術が進むにつれて下腹部に生理痛のような痛みがきて
血がでているような気もして怖かった
誰も私の顔はみないので不安は消えず
だいたい15時頃手術室には入ったけど16時頃始めて17時頃終わり
生理痛のような痛みが重くて痛み止してもらい
痛み止は1回で大丈夫でした
晩御飯は食べて良いけどベッド上安静なので頭を30度までしかあげられません
旦那がきてくれていたので介護してもらい、お腹もすいていたので
ある程度完食しました
まだ完全じゃないけど恐怖が少しだけ消えてきた
もう、安静6時間なので、そのまま寝るよういわれたけど
脚のポンプで動けないから、腰が痛くなってきて寝たり起きたりをくりかえし
6時間経過した11時頃先生が圧迫テープとりますねときた
やっと少しうとうとしてたのに…とは思ったけど我慢
が、その強力なテープがはぐときに痛いのなんのって
一番痛かったのでは?というくらいでした
はがされ目も覚めたけど動けないから眠るよう心掛け
体があつかったので(造影剤の副作用か?)アイスノンを借りて
少し休めました
次の日は普通に座って朝食も食べられ
9時に脚のポンプを外してもらい、病棟内を歩いてみました
こんなにすぐに歩けると思わなかったので、それだけで嬉しくて
ちょっとしたことが嬉しくてでした
ご飯がおいしい、眠れる、自分で歩ける全部全部ありがたいです
とりあえず今日までこんな感じで過ごして
後はカテの効果を期待して様子をみましょうとのことで経過観察入院継続中です
このまま、血がいかなくなったポリープが枯れてポロッと落ちてくれたら一番だと言うことでした
まだ、不安は完全には消えないけど一歩一歩、色々考えて下さる先生方を信じて頑張ろうと思えてきました