【社会人に向けての抱負】を前回述べました。

それは学生生活をやり切れという、私への宣言でもありました。

 

これまでの4年間、長かったようで、本当にあっという間でした。

これがもしかしたら最後かもしれないので、ゆっくり丁寧に振り返ってみようと思います。

 

少し冗長的になっていると思います。

温かい目で読み進めていっていただけたら幸せです。

 

 

大学1年、自分と周りに絶望する。

なぜ絶望したのか、核心に迫る前に高校時代の私に触れます。

高校1年の夏、初めて大学のオープンキャンパスというものに参加しました。

それが東北大学でした。高校で希望者を募り、貸切のバスで泊り込みで行く、田舎あるあるです。

志望していた領域である、経済学部を見学しました。経営やビジネスにほんの少しだけ興味があったから。1日目を終えた私の感想、「文系、全体的にパッとしないな。

 

青森の田舎で生まれ育った私は、ひたすら勉強していました。勉強をするために、大学へ進学するのだと思っていました。だから、私がオープンキャンパスで出会った、多くの文系大学生の、大学で熱心に勉強していない感が私はどうしても許せなかったんでしょうね。笑(※高校生の私が感じたことなので、これが東北大学の文系を表している訳では全くなく、就活の中で、まじか、、って舌を巻くような優秀な文系学生と本当に多く出会いましたし、大学に入って初めて勉強以外に大切なものがたくさんあると知りました)

 

2日目、当初の予定を変更し、工学部のキャンパスを訪れることにしました。そこで出会った人は、みんなやりたいこととやるべきことがたくさんあって、キラキラしているように見えました。私もこうなりたいと思ったんです。今振り返ってみると、まっすぐに研究に打ち込む姿が、私が大学生に対して抱いてたイメージと近しかったのだと思います。文系よりもずっと魅力的に見えたのは事実です。

 

理系科目が苦手なことが何よりもコンプレックスだった私にとって、人生最大の挑戦をすることがこの時に決定しました。コンプレックスの解消が、大学進学の目的へとすり替わった瞬間でした。

 

こうして猛勉強を重ね、私は東北大学工学部の合格を勝ち取ることができました。

 

大学入学してから今の今まで、猛烈な劣等感を感じることになります。

 

理系科目が苦手な私が、理系科目が得意かつトップレベルの学生に勝てるわけがなかった。

同じフィールドで戦うには、私は弱すぎました。また私は常に母や家族のために勉強してきたので、その存在がなくなったことでも勉強に対するモチベーションも薄れていきました。

これが自分に感じた絶望でした。せっかく大学に頑張って来たのに、それが無意味だと感じるほどの絶望は人生で初めての経験だったのではないでしょうか。大学1年生になって間もない私にでも、自分の専門分野を生かして就職することのイメージはなんとなく湧いていました。だから、その向こうに未来が見えてこない私に、大学に通う意味はあるのかと疑問に感じました。そんな思いに蓋をしながら、私はいわゆる普通の大学生みたいな生活を送りました。

 

いつだって私は学校が進むたびに期待していました。

「次の学校には、私と真面目な話ができる人がきっといるだろう」

「きっとワクワクする話をできる友達ができるだろう」

こんな期待です。その期待は高校では裏切られました。そして、大学初期でも裏切られることになる。

 

大学は6年だと言う学生、サークルだ飲み会だと騒ぐ学生。

私がしたい話をできる学生に最初の方は出会えなかったです。

 

この時、周りに絶望した、というのは言い過ぎかもしれませんが、せっかく大学まで来たのに、って少し残念な気持ちになったのは覚えています。

 

 

大学2年、初めてのインターンへ参加。

大学2年に上がり、専門科目が増え始めました。ますます感じる劣等感に、私は嫌気が差し、行動を起こし始めます。wantedlyという、様々な会社が採用および広報のために情報発信しているアプリを初めてインストールしたのはこの時期だったと思います。世の中にはいろんな会社があるんだなーと眺めているくらいでした。
 
ある時見かけたFacebookの投稿で、サマーインターンで有名な会社が仙台で特別選考会を行うことを知りました。よくわからないけれど、「これだ!!!💡」って思ったのを鮮明に覚えています。
 
その選考になんとか合格し、20日間のインターンが始まりました。
脳みそに汗をかくってこのことだろうなって思うくらいに考ました。
ボコボコにフィードバックされるのも嫌いじゃなかったんです。
 
そして、本気で物事に取り組んだ時に自分ってこういう人間なんだ、という気づきも得られました。
このカタログはこういう点で最初からずれている、というフィードバックをもらった時に、課題の提出は次の日のお昼に迫っていました。コードも組んで提出する必要がある、この状況の中で、私は1からカタログを作り直しました。私の時間が足りないどうこうよりも、より良いものを作りたいという意識が強いということがこの経験から認識できました。
 
最終的に、内定パスをもらい、インターンを終えることになります。インターン中に出会った多くの優秀な学生に感化され、これは、1つの自信になり、もう少しいろんな人と会ってみたいという興味につながりました。この頃から就活、学部就職、文系就職というワードを意識し始めます。
 
秋ころからは、wantedlyで会いたい人、会える人に会いに行ったりもしました。この時に受けた刺激はその後本格的に就活を始める私の強いモチベーションになりました。キラキラしながら働きたい、そんな風に働ける場所はどこだろう、と考え始めました。
 

 

 

大学3年、就活弱者の1年。

春から就活を本格的に開始し、サマーインターンの選考の季節になりました。
自分の中で言語化することをよくしていた方だとは思いますが、それを人に伝える経験をしてこなかったせいで、面接を全落ちすることになります。笑
 
周りに就活の話をしたこともないので、なんでそう思うのか、どうしてそう考えるようになったのか、人に伝えるのがめちゃくちゃ下手くそでした。近しい人たちにそれを伝える必要もあまりないと思っていました。なので、改めて緊張した面接という場で、話せるわけもなかったのです。。
 
サマーインターンの選考ですっかり自己肯定感が低くなり、自信も無くしました。そんな時に、よくいろんな人に「せっかく東北大学の工学部に行くのに、大学院行かないなんて勿体無い」って言われるようになりました。思考を放棄していた私はその言葉を鵜呑みにし、一旦大学院進学をしようと考えました。(驚くほど矛盾が激しいと思うのですが、これくらいメンタルがやられていたんだなーと優しく読み飛ばしてください笑)
 
このまま焦って他のインターンの選考に行っても疲弊するだけだと思い、私がサボっていた「人に伝えるための言語化」を7、8月の2ヶ月間やることにしました。これは大学院に進学したとしても意味のあるものだろうと思ったので、どちらの選択肢を選んだとしても有意義な時間になると考えたのです。
 
そして9月、就活を再開することになります。
2ヶ月間考えた結果、
  • 価値を提供している相手が見えにくいかつ遠い研究は、たとえ大学の間(2年くらい)であったとしても、多分できない
  • 大学院の2年と、就職した2年、どちらが楽しそうか考えてみると圧倒的に後者
おいおい2ヶ月考えてそれかよ!って声が、エンカレッジの同期のメンターから聞こえてきそうです。笑
 
それくらい単純なことを言語化できていない私が、選考に通るわけもないよなって、この時自分の立ち位置を現実的に認識できました。
 
季節は過ぎて冬、縁が重なり内定先の3daysインターンに参加することになります。ここで、あまり物事や問題に執着しない私が、初めて使命感に近い感情を抱くことになります。まずは結婚式の口コミサイトから、「結婚式」にアプローチし始めているウエディングパークが提供している価値をとても素敵だと思いました。結婚式に参加した経験はまだないので、結婚をより良いものにする手段、としか今はまだ思えていないのが事実です。(早く結婚式呼んで誰か)
でも、結婚という概念や文化をもっと幸せなものに変えていくことができたらいいなと思ったのです。私の中でも割と初めての感情だったので、どう処理していいかわからないまま、人事の方にぶつけていたのを思い出します。
 
就活弱者だったなあと今振り返っても思います。
ESに書けるネタもない、面接は落ちる、就活友達もいない。授業のせいで泣く泣く選考機会を逃すことだってありました。
 
それでも、私という人間を受け止め、抱きしめてくれるような会社に出会えて本当に良かったです。就活は、できない自分と向き合い続けるのがとても辛くて逃げ出したくなったりもして、でもここで逃げたら一生後悔すると思って戦って、その割にはやっぱり強くはなりきれなくて、不甲斐なさで泣いて、の繰り返しでした。だから、どちらかというと苦い思い出の方が多くて、そのどれもが今の私を形作ってくれているんだなあ、と噛みしめることもできます。

 

 

大学4年、エンカレッジとの出会い。

ある就活イベントで出会った女の子からもらったメッセージをきっかけに、私は思いもしなかった就活支援の道を辿ることになります。
 
活動の中で、もっとも私が精力的に取り組んだと周りのメンターから評価を受けるのは、面談個人の組織に対する愛着を助長するお手伝いです。どちらも目標を立てて取り組んだわけではなく、やっていたら自然とやってしまっていたなって感覚です。笑
 
 
 
活動を進めていく中で、エンカレッジが提供したい価値への理解が深まり、共感が生まれました。そして、東北支部という組織に対して愛着も生まれました。今、エンカレッジを卒業してみて、存在の大きさや大学生活最後の1年をこの活動に使えたことへの感謝を感じることができています。
 
その中でも、私という人間をフラットに評価し、引き上げてくれる仲間ができたことは、22年生きてきた中でもトップレベルの財産です。学生にとっての価値ってなんだ、就活市場を変えようぜ、って本気になって、むさ苦しいくらいの熱い話をできる仲間をこの人たち以外に知りません。きっと何年経っても付き合っていくのだと思います。
 
仲間と何か1つの途方もない目標に向かって走り、それを達成できた経験は、私のかけがえのない自信にもつながりました。東北支部19卒メンターのみんな、本当にありがとう。こんな私を仲間に入れてくれて、本当にありがとう。みんなが私を見つけてくれなかったら、きっととてつもない劣等感と低い自己肯定感の中で生きていってたと思います。それくらい、私にとって大切な、大切な1年でした。これからもよろしくね。
 

 

 

これからやりたいこと

つらつらと大学を振り返ってみて、なんだかんだどの経験も必要だったなって思えます。自分に絶望したことも、理系というフィールドに片足突っ込んだのも、全部今の自分を作ったことに違いはないからです。
 
これからやりたいこと、というテーマに反しているかもしれませんが、「もっと貪欲に今だけを楽しんで生きていくこと」が私のこれからやりたいことです。
 
何かに夢中になって、誰かと熱中して取り組んだ経験を積み重ねていく中で、私はもっと成長して、どんどん楽しくなれると今年1年で学んだからです。
 
長々と失礼しました!
卒業までの体験記、以上で終わります。
 
4月から東京で頑張って生きていきます!