狸の化けた仏さま
むかし、むかしのことです。
都の近くの山の中に、年取ったお坊さんがすんでいました。
このお坊さんは、くる日も、くる日も、熱心にお経をよんで、暮らしていました。(略)
そのころ、お寺の近くに、ひとりの猟師がすんでおりました。猟師ですから、毎日、山を歩いて、けものや鳥をとってくるのが仕事です。
生きものを殺す血なまぐさい仕事をしておりましたから、猟師はこのお坊さんのようにきよらかな暮らしをしている人を大へんうやまっておりました。ですから、時たま、お米や果物をお寺に持っていき、お坊さんのありがたい話を聞くことにしていたのです。
ある日、猟師がお寺にやってくると、お坊さんが、
「いや、このごろは、本当にありがたいことがあるのだよ(略)これまで、ずっとお経をよんで暮らしていたおかげでしょう。ちかごろは夜になると、とうとい普賢菩薩さまが象にのってこられるのです。あなたも今晩はお寺に泊まり、おがんでいきなさい」(略)
猟師は目をまるくしました。
「それは本当にとうといことでございます。私もぜひその仏さまをおがみましょう」
このあとで、猟師はおなじ寺にいる子どもにもたずねてみました。
すると、その子どもも、
「これまでに五、六回おがんだことがあります」
と答えました。(略)
やがて夜中も過ぎたころです。
東の山の上の空が、月が出るときのように、明るくなってきました。(略)
猟師が見ると、お坊さんのいったとおり、普賢菩薩が象に乗り、雲のあいだから、ゆうゆうと、こちらへやってこられます。
「それ、仏さまですよ。仏さまがお見えになりました。さ、はやくあなたもおがみなさい」
お坊さんは、(略)一生けんめいにおがんでいます。ところがそのとき、漁師はふと思いました。
「まてよ。このお坊さんぐらいになったら、毎日、お経をよみ、修業しているのだから、仏さまが見えても、ふしぎではない。しかし、おれなどは、つね日ごろ生きものを殺して、暮らしている人間だ。お経はよんだこともない。(略)そんな人間たちにも見える仏さまは少しあやしいぞ。ひとつためしてやろう」
漁師は弓をとりあげると、するどくとがった矢をつがえ、お坊さんの拝んでいるうしろから、
ひょうっ!
仏さまの胸めがけて、はなちました。
矢はまっすぐ飛んでいって、仏さまの胸にあたったかと思うと、たちまち、明るい光はぱっと消えました。
ごおーっ!
がら、がら、がら!
おそろしい音が山から山に、とどろいて、何か大きなものが山の下に、落ちていきます。(略)
「お坊さまのようにりっぱな人に見えてこそ仏さまといえますが、私のようにけものや鳥を殺している罪の深い男にも見える仏さまは少しおかしいでしょう。そう思って、ためしてみたのでございます。本当の仏さまなら、矢がささることもありますまい」
夜が明けてみると、庭には血がこぼれていました。
その血のあとをたどっていくと、庭のむこうがわの深い谷につづいています。谷におりてみると、谷底で一匹の年取った大狸が死んでいました。(略)
狸がお坊さんをだましたお寺は京都市の近くの愛宕山にあったということです。