【「ある日の五井先生」清水 勇 著より】

(二三)ピッタリ五万円(1/27)

 

 忘れもしない、それは一九七〇年(昭和四十五年)三月末のことでした。私たち家族は当時、松戸市の北小金という所で小さな家を借りて住んでいました。(2/27)

 

二人目の子供(長女)が生まれ、妻は出産後しばらく東京の実家に身を寄せていました。私はやもめ暮らしを余儀なくされ、毎日雨戸を閉めたまま出勤する状態でした。(3/27)

 

 その日はたしか三月最後の日曜日で、東京新宿の朝日生命ホールで五井先生の講演会が行われた日でした。講演会は成功裡に終わりました。会場までの道案内や閉会後の後片づけといった青年部としての奉仕活動も無事に終わりました。(4/27)

 

 ホッとして我が家に戻ったところ、家の中は灯りがついたままで、部屋は足の踏み場もないほど本や衣類が放り出されていました。空き巣に入られたのです。(5/27)

 

テーブルの上には、冷蔵庫に入れておいたケーキを食べた跡があり(家に戻ってから食べるつもりだったのに)、煙草の吸い殻まで残っていました。(6/27)

 

そして箪笥の引き出しに入れておいた、五井先生から頂いた長女の誕生祝いのお金が祝儀袋から抜かれていました。私の鞄の中の五万円のお金も盗(と)られていました。(7/27)

 

 このお金は私が保管していた伝道関係の公金だったのです。すぐ使うお金ではありませんが、青年部長の責任において保管していたものです。必ず弁償しなければなりません。(8/27)

 

しかし当時の私としては、すぐに返せる額ではありませんでした。したがって私の心の中には何時も、「いつか返さなければ」という負担の想いがありました。(9/27)

 

 ところで、一九七二年(昭和四十七年)七月二十五日から二十八日にかけて、昌美先生を中心に、宇宙子科学メンバー(現在のシニアメンバー)と瀬木(せき)庸介(ようすけ)さん(のちに理事長に就任)と二十五人の青年による「富士大神業」が行われました。(10/27)

 

 この大神業が大成功に終わった後、私に白光真宏会の職員への声がかかりました。その年の暮れに会社を円満退社して正式に職員となり、勤務を始めたのは翌一九七三年(昭和四十八年)の元旦のことでした。(11/27)

 

瀨木庸介さんも博報堂の社長をお辞めになって、一月二十五日から聖ヶ丘道場勤務となりました。(12/27)

 

 私は総務局長の佐久間筆八さんの下で総務部長として働くことになりました。幸いなことに青年部長を兼務していたので、何かにつけて五井先生にお目にかかる機会が数多くあり、過去世のご縁とはいえ実に有り難いことでした。(13/27)

 

 ある日のこと、会員のUさんからの依頼で、五井先生にお浄めをして頂きたいというものを預かりました。前の教団にいた時の曼荼羅(まんだら)のようなもので、綺麗な額に入っていました。(14/27)

 

風呂敷に包んだ額縁に報謝金を添えて、さっそく五井先生のところへ参上いたしました。パンパンパンと柏手によるお浄めが終わると、先生は、「気持ちが悪いから早くそっちへ片づけて」とおっしゃいました。(15/27)

 

 祝儀袋に入った報謝金を差し出しますと、それを一瞥(いちべつ)なさった先生は、「あんたもたまには貰っときな」とやさしい口調でおっしゃって、そっくり私に下さいました。(16/27)

 

私は遠慮せずに押しいただいて、家に帰ってから祝儀袋を開けたところ五万円入っていました。私はびっくりしました。弁償する金額と同額ではありませんか。(17/27)

 

 五井先生はすべてお見通しだったのです。私の心の中に引っかかっていた想いなど手にとるようにお判りだったのです。(18/27)

 

会員さんからお預かりした報謝金を先生にお渡しする機会は何回もありましたが、中身が一万円とか二万円ではなく、ちょうど五万円入っていた時を選んで私に下さったのです。このような形で五井先生からお金を頂いたことは、後にも先にも一回だけでした。(19/27)

 

 それにしてもなぜだろう? と盗まれたお金の因果関係を考えてみました。(20/27)

 

そうです、私が前世で神官だった時(以前、五井先生からそのように教えていただきました)、おそらく氏子から預かった奉納金を神社に納めないで着服したのです。私のケーキまで食べていった犯人は、私の過去世の業を消して下さったのです。(21/27)

 

 私がこのように素直に思えることには、次のような因縁話があったからです。会員のFさんの知人Yさんは優秀な技術者で、自分で設計したものをメーカーに造らせては輸出などしていました。一度お目にかかったことがありましたが、温厚篤実という言葉がピッタリのお人柄の方でした。(22/27)

 

しかし良いお人柄とは裏腹に、仕事はやることなすことが事毎にうまくいかないのです。(23/27)

 

例えば、メーカーに発注してやっと製品が完成し、相手方に納品する寸前にキャンセルになって多くの損害を蒙ったり、ある時は製品を納入して代金を受領するはずのところ詐欺にかかってしまったりで、本当にお気の毒でした。(24/27)

 

 先生にお聞きしたところ、Yさんの前世は神主だったそうで、神に仕える身でありながらお賽銭を着服し続けたということです。今で言う業務上横領の罪を犯したのです。(25/27)

 

 つまり過去世でかすめ盗った分を今生でせっせと償い続けていたわけですから、事毎にうまくいかないのは当然のことです。日常去来するいかなる出来事にも、不合理、不条理、偶然などあるはずがなく、人生すべて帳尻が合っています。善因善果、悪因悪果はまさに法則とおりです。(26/27)

 

 五井先生のエピソードは枚挙にいとまがありませんが、私にとって終生忘れられない大切な思い出の一つです。(27/27)