今日読んでいた本を客観的に見て、ふと思ったこと。



今日読んでいた本は、「『婚活』時代」という本。


この本は、山田昌弘・中央大学教授(家族社会学者)と白河桃子氏(少子化ジャーナリスト)の共著なのだけど、


タイトルが、ちょっと恥ずかしい。



こんな本を、公共の場で堂々と読んでいること自体、


ちょっと恥ずかしいと思ってしまう。

(文庫本なので、比較的読みやすい本です)



けども、中身は真剣そのものだし、


「婚活」ということ自体、全く恥ずかしいことではないと思う。




ただ、自分の先入観では、

「婚活している」と言うことは、多分、恥ずかしいことなのだと思う。



実際問題、自分は「婚活」はしていないのだけど(切迫感がないもので)、


ただ、この本を読む限り、


「婚活」は「就活」と同じぐらい大切な時代になっている、



と思わざるを得ないのだけど、社会的には


「婚活なんて…(恥)」



という認識が支配的なのだと思う。


この認識は、一昔前の価値基準そのもので、


男女は自然に出会い、自然に結婚し、子供を産み、男が仕事女が家事子育てをし、

一生を添い遂げる…



的なライフコースがデフォルトなのだ!!!


っていう、それこそ30年ぐらい前の価値観を、いまだに社会的に引きずっているのだと思う。




って、自分自身がそうなんだということに、


この本を読んでいて、気が付いた。




なるほど、自分も、引きずられていたんですね。






自分の場合、まだ未婚で、結婚もしていないし、


結婚に対して切迫感もないもんだけど、



モテたことがあるという認識もないし、



過去14年間彼女ナシという、堂々たる実績もあるもんだから(自慢にはならない)、




女性研究とか、女性心理とか、



あるいは、結婚とか、人口学とか、



そういう分野に対して、自分の問題意識が向かう。




社会学を専攻して、




大学を卒業した後に、どちらかというと、教育・結婚・恋愛、とか


そちらの方に問題意識が向かったのは、




恐らく、というかほぼ間違いなく、自分自身に足らないもの、欠落しているものが


その点にあったから、



どうしたら、自分がその部分を埋められるのか、ということを知りたかったのだろう。



答えを探したかったのだろう。





だから、自分でも本を読むし、調べもする。


問題意識を持って、自分の頭で考えもするし、


その時々の自分の見解を纏めたりもする。





ということを、今日はふと客観的に思ったのだけど、



そうか、モチベーションというのは、自分の問題意識や興味の強い部分や、


その時期に、一番高まるんだと、認識し直したのだ。




勉強しよう、研究しようとするならば、


その問題意識が一番強い時にしなければ、成果は上がらない。




例えば、交際も順調に進み、順調に結婚し、順調にいっている人には、



多分、女性の心理だとか、あるいは自分の好きな女性以外の女性の価値観だとか、



そういう部分にまでは、関心が及ばないだろうと思う。



結果、女性に対する理解や共感が弱くなってしまう。



もっと言えば、思いやりが弱くなる。






仕事をしている時に思うこと、

あるいは研究者によって、言っていることにズレが出ること。



その原因はどこにあるのかというと、


多分、それは「問題意識」の持ち方なのだ。



もっと言ってしまえば、自分の置かれている境遇や環境。



それが、その人の問題意識や興味・関心を決定する。





自分からしてみれば、


大変な経験は、した方が良いのだと思う。



その方が、色んな見方ができる。視野が広がる。見識が深くなる。

そして、情も深くなる。



結果として、人間として大きくなれる。




まあ、一応エリート大学出てるけど、



そのまま順調にトントンと行かないというのも、なかなか面白い人生なんだよなと




ふと考えた次第。





まとまってるかまとまってないか分からない文章になったけども。