今日はなんでブログを書いてるかと言えば、
まあ、(久々の)お休みだったので、時間的に余裕があるということと、
今日、一緒にご飯を食べさせて頂いた(謙譲w)女の子と話してて、
色々思うことがあったから。
もしかしたら、本人もこのブログ読んでるかもしれないけど、
気にせず書きます。
なんというか、
話を聞いてる時は、そうでもなかったんだけど、
よくよく考えたら、なんか
ぐわー!!!
っと心の中でグラグラするものがあり・・・。
まあ、その人以外には、何のことか分かりませんねw
分からなくても良いことです。
ただ、そこからふと思ったことを、今日はブログのネタにしてるってことで。
俺は、もう、本当に、
一緒にいる人が大事なんです。
友達も大事。
知り合いも大事。
家族も、勿論大事。
だから、幸せになって欲しいし、
自分にできるなら、幸せにしてあげたい。
小さな幸せとか、小さな喜びとか、
せめて、そういうものでもいいから、あげたい。
笑顔にしたい。
なんなんでしょうね、この感覚。
別に、聖人ってワケじゃないんですけど、
周りにいる人の幸せが、
結局、自分の幸せなんだと思うんです。
自分が頑張ってるのって、多分、そのためなんだと思います。
周りの人を幸せにしたいから、
だから、多分、頑張ってるし、自分を高めようとしてる。
それが、もしかしたら、余計なお世話になってしまうこともあるかもしれないけど。
勿論、自分にできることなんて、たかが知れてます。
幸せっていうのは、自分でなるものです。
自分の意思で、自分の行動で掴み取るものです。
自分の心で、感じ取れるようになるものです。
俺は、そう思います。
だから、他人である自分に、その人の幸せのためにできることなんて、
多分、ほとんどない。
むしろ、自分が他人を幸せにする、っていうのは、ちょっと傲慢。
自信過剰。
それを知ってるから、敢えて、自分が人を幸せにしたい、だなんて、
ちょっと大それていて、なかなか言えない。
でも、そういう気持ち、そういう心意気ってのは、大事でしょ?
だから、周りにいる友達の幸せのために、自分にできることをする。
これが、正解なのかな。
全然話は違いますが、「友達」ってどういうもんなんでしょうね。
今日、その女の子と一緒にいて、
まあ、結構年下なので、これは「友達」になり得るのかな?
とか考えてみたのですが、
俺の感覚から言えば、
年齢差があることで、「友達」になれないってことはないんだと思うんです。
それから、男女の友情ね。
「男女の友情なんて、ありえない」
って言う人もいますけど、
俺の感覚からすれば、女の子・・・女性の大半は「友達」だし、
そこに恋愛感情も、性的な欲求も発生しない、
純粋な「友情」ってのはあります。
勿論、可愛かったり、綺麗だったりすると、
「エッチしたいな~・・・」
とか、不埒なことを考えないかといえば、そんなこともないですが
(つまり、友達であってもエッチはしたいと思う女の子はいるw)
そこで、感情とか雰囲気に流されるほど、私の自我は弱くありません(笑)
今日話していたことですが、
一時の性的な欲求のために、一生の友達を無くすってこと、あり得ますが、
それって、すごく損なんだと思います。
俺からしたら、女性っていう存在は、ものすごく面白い。
感性も、感覚も、考え方も、発想も、嗜好も、
何から何まで違う。
つまり、色んな女性と会って、話して、付き合うと、
どんどん世界が広がるわけです。
エッチ1回の価値と、
その人のことを知る一生の時間の価値と、
どっちの価値の方が大きいかって言ったら、
多分、後者なんだろうと思います。
ちなみに、自分は結構相手のことを気にしてしまう性格なので、
エッチ1回やっちまったら、
多分、相手のことをただのトモダチとして見られなくなる可能性が高いです。
エッチしても、相手とそれまでと何ら変わらずうまく付き合える人もいるんでしょうが、
多分、そういうの、うまくできないんだろうなぁ・・・
話は飛びますが、
俺は、基本的に、人のことを信じてません。
特に大学に入ったばっかりの頃、
人間関係の距離感の掴み方が、あまり上手くなかったせいか、
結構ひどいことをされまして、
人を信じて良いのか、信じちゃいけないのか、
未だに良く分からないのです。
大学時代だけじゃないですね。
会社にいたって、そうです。
同僚、上司、アルバイト。
誰が、自分のことを、どういうふうに言っているのか。
どういうふうに思っているのか。
そういう疑心暗鬼なところは、いまだにあります。
だからこそ、
「人から認めてもらわなきゃ」
っていう強迫観念は常にあって、
人に陰口を言われない、悪口を言われない、嫌味を言われない。
そのために、努力をする、っていう部分があります。
やはり、怖いのです。
そして、責任ある立場になればなるほど、
そういうプレッシャーは強くなります。
でも、自分自身、自分の心って、そんなに頑丈だと思っていないので、
常に、攻撃されないように、周りに気を配り続けています。
世の中の人には、
多分、3つのタイプがあって、
俺みたいなタイプの他には、
1)心が頑丈で、他の人から攻撃されても、攻撃し返せる人
2)心がふにゃふにゃで、他の人から攻撃されても、まったく効かない人
が、いると思っています。
自分は、どちらかというと、攻撃し返せない方で、
むしろ、他の人に何か指摘した時、
その指摘に対して、徹底的に反撃しようとする人は、結構苦手です(笑)
確かに、そういう人って、ある程度は正しいんだけど、
その押しの強さが、時として独りよがりになってるってことに気付いてない。
2)のタイプは、逆に、何を言っても全然理解できない人なので、
人として成長しないタイプです。
話が逸れましたが、
そんなわけで、
自分は、基本的に、他の人のことを信じていません。
いや、より正確に言うと、信じたら徹底的に信じてます。
ただ、徹底的に信じるまでは、
その人はもしかしたら自分のことを裏で悪く言ってるかもしれない
って思うようにしてます。
最初から、自分の中で防御線を張ってるんですね。
自分自身が傷付かなくても済むように。
今日、その彼女と話していて、
ふと、そういう自分自身のそういうメンタル面を
改めて思い起こさせられました。
人は、他人を騙し、
他人を貶し、
他人のことを裏切る。
それが、大前提。
でも。
俺は、それを大前提としながらも、
人を信じ、
人を大切にし、
人を幸せにできる人間になりたい。
そうありたいと思うのです。
まさに、バカみたいな理想論なんですが。
ただ、そうあろうとしなければ、
多分、そうはなれないのだと思います。
人と話すと、
こういうことをグルグルっと考え直せて、
自分をリセットできる気がする。
そういう経験をさせてくれる人は、
やっぱり自分にとって大事な存在なんだろうなと、思わずにはいられないのです。
まあ、(久々の)お休みだったので、時間的に余裕があるということと、
今日、一緒にご飯を食べさせて頂いた(謙譲w)女の子と話してて、
色々思うことがあったから。
もしかしたら、本人もこのブログ読んでるかもしれないけど、
気にせず書きます。
なんというか、
話を聞いてる時は、そうでもなかったんだけど、
よくよく考えたら、なんか
ぐわー!!!
っと心の中でグラグラするものがあり・・・。
まあ、その人以外には、何のことか分かりませんねw
分からなくても良いことです。
ただ、そこからふと思ったことを、今日はブログのネタにしてるってことで。
俺は、もう、本当に、
一緒にいる人が大事なんです。
友達も大事。
知り合いも大事。
家族も、勿論大事。
だから、幸せになって欲しいし、
自分にできるなら、幸せにしてあげたい。
小さな幸せとか、小さな喜びとか、
せめて、そういうものでもいいから、あげたい。
笑顔にしたい。
なんなんでしょうね、この感覚。
別に、聖人ってワケじゃないんですけど、
周りにいる人の幸せが、
結局、自分の幸せなんだと思うんです。
自分が頑張ってるのって、多分、そのためなんだと思います。
周りの人を幸せにしたいから、
だから、多分、頑張ってるし、自分を高めようとしてる。
それが、もしかしたら、余計なお世話になってしまうこともあるかもしれないけど。
勿論、自分にできることなんて、たかが知れてます。
幸せっていうのは、自分でなるものです。
自分の意思で、自分の行動で掴み取るものです。
自分の心で、感じ取れるようになるものです。
俺は、そう思います。
だから、他人である自分に、その人の幸せのためにできることなんて、
多分、ほとんどない。
むしろ、自分が他人を幸せにする、っていうのは、ちょっと傲慢。
自信過剰。
それを知ってるから、敢えて、自分が人を幸せにしたい、だなんて、
ちょっと大それていて、なかなか言えない。
でも、そういう気持ち、そういう心意気ってのは、大事でしょ?
だから、周りにいる友達の幸せのために、自分にできることをする。
これが、正解なのかな。
全然話は違いますが、「友達」ってどういうもんなんでしょうね。
今日、その女の子と一緒にいて、
まあ、結構年下なので、これは「友達」になり得るのかな?
とか考えてみたのですが、
俺の感覚から言えば、
年齢差があることで、「友達」になれないってことはないんだと思うんです。
それから、男女の友情ね。
「男女の友情なんて、ありえない」
って言う人もいますけど、
俺の感覚からすれば、女の子・・・女性の大半は「友達」だし、
そこに恋愛感情も、性的な欲求も発生しない、
純粋な「友情」ってのはあります。
勿論、可愛かったり、綺麗だったりすると、
「エッチしたいな~・・・」
とか、不埒なことを考えないかといえば、そんなこともないですが
(つまり、友達であってもエッチはしたいと思う女の子はいるw)
そこで、感情とか雰囲気に流されるほど、私の自我は弱くありません(笑)
今日話していたことですが、
一時の性的な欲求のために、一生の友達を無くすってこと、あり得ますが、
それって、すごく損なんだと思います。
俺からしたら、女性っていう存在は、ものすごく面白い。
感性も、感覚も、考え方も、発想も、嗜好も、
何から何まで違う。
つまり、色んな女性と会って、話して、付き合うと、
どんどん世界が広がるわけです。
エッチ1回の価値と、
その人のことを知る一生の時間の価値と、
どっちの価値の方が大きいかって言ったら、
多分、後者なんだろうと思います。
ちなみに、自分は結構相手のことを気にしてしまう性格なので、
エッチ1回やっちまったら、
多分、相手のことをただのトモダチとして見られなくなる可能性が高いです。
エッチしても、相手とそれまでと何ら変わらずうまく付き合える人もいるんでしょうが、
多分、そういうの、うまくできないんだろうなぁ・・・
話は飛びますが、
俺は、基本的に、人のことを信じてません。
特に大学に入ったばっかりの頃、
人間関係の距離感の掴み方が、あまり上手くなかったせいか、
結構ひどいことをされまして、
人を信じて良いのか、信じちゃいけないのか、
未だに良く分からないのです。
大学時代だけじゃないですね。
会社にいたって、そうです。
同僚、上司、アルバイト。
誰が、自分のことを、どういうふうに言っているのか。
どういうふうに思っているのか。
そういう疑心暗鬼なところは、いまだにあります。
だからこそ、
「人から認めてもらわなきゃ」
っていう強迫観念は常にあって、
人に陰口を言われない、悪口を言われない、嫌味を言われない。
そのために、努力をする、っていう部分があります。
やはり、怖いのです。
そして、責任ある立場になればなるほど、
そういうプレッシャーは強くなります。
でも、自分自身、自分の心って、そんなに頑丈だと思っていないので、
常に、攻撃されないように、周りに気を配り続けています。
世の中の人には、
多分、3つのタイプがあって、
俺みたいなタイプの他には、
1)心が頑丈で、他の人から攻撃されても、攻撃し返せる人
2)心がふにゃふにゃで、他の人から攻撃されても、まったく効かない人
が、いると思っています。
自分は、どちらかというと、攻撃し返せない方で、
むしろ、他の人に何か指摘した時、
その指摘に対して、徹底的に反撃しようとする人は、結構苦手です(笑)
確かに、そういう人って、ある程度は正しいんだけど、
その押しの強さが、時として独りよがりになってるってことに気付いてない。
2)のタイプは、逆に、何を言っても全然理解できない人なので、
人として成長しないタイプです。
話が逸れましたが、
そんなわけで、
自分は、基本的に、他の人のことを信じていません。
いや、より正確に言うと、信じたら徹底的に信じてます。
ただ、徹底的に信じるまでは、
その人はもしかしたら自分のことを裏で悪く言ってるかもしれない
って思うようにしてます。
最初から、自分の中で防御線を張ってるんですね。
自分自身が傷付かなくても済むように。
今日、その彼女と話していて、
ふと、そういう自分自身のそういうメンタル面を
改めて思い起こさせられました。
人は、他人を騙し、
他人を貶し、
他人のことを裏切る。
それが、大前提。
でも。
俺は、それを大前提としながらも、
人を信じ、
人を大切にし、
人を幸せにできる人間になりたい。
そうありたいと思うのです。
まさに、バカみたいな理想論なんですが。
ただ、そうあろうとしなければ、
多分、そうはなれないのだと思います。
人と話すと、
こういうことをグルグルっと考え直せて、
自分をリセットできる気がする。
そういう経験をさせてくれる人は、
やっぱり自分にとって大事な存在なんだろうなと、思わずにはいられないのです。