たとえば英語が話せると、すごいと言われる。


早稲田を卒業したと言うと、すごいと言われる。


たとえば、弁護士になると、すごいと言われる。


ブランドタッチができると、すごいと言われる。



実際、それがすごいかどうかは、微妙なことなんだけど、


それは比較の問題で、


それができない人からしてみると、すごいのかもしれない。





でも、大切なのは、すごいかどうかではなくて、


それをできるようになるかだけであって、



それをできるようになる気がない人にしてみれば、


大してすごいことではない、と思う。





それから、世の中の大半のことは、



できるようになるために必要なことは、反復することだけだと思う。





計算問題を解く、単語練習をする、発音練習をする。


たくさん英語を聞く。


タイピングの練習を繰り返す。




それだけではないか。




だから、何かが「できる」ということは、大してすごいことではなくて、



その「できる」ことから、何かを生み出すこと、



あるいは、何かを伝えていくこと。





その方がよっぽどすごいことなのだ。






ピアノが弾けるということと、



ピアノで何かを伝えるということとは、違う。






英語が話せるということと、



英語を使って、仕事ができるということとは、違うのだ。







本当の「すごさ」というのは、



生み出された「結果」でしか判断できない。





結果を出せなければ、全く「すごく」ないのだ。