本当に、自分が物心がついた頃、

多分、小学生の頃だと思うけど、




その頃から、自分は、将来について、漠然とした不安を持っていた。







日本人は、ようやく最近になって



年金問題がどうのこうのとか言って、日本の将来が不安だとか言うけれど、






俺は、むしろ、小学生の頃から、むしろバブルが崩壊する以前の時代から、




将来について、不安だった。






小学生が、だよ。








どんな小学生だって、話だけど。











それって、多分親の影響で、

うちの親は、テレビも見せてくれない、ゲームもやらせてくれないけど、

「NHKスペシャル」みたいな

シリアスな社会系の番組だけは、時間無制限で見せてくれた。

(とはいえ、一日1時間に満たない・・・)


・・・というより、本人たちが見たかったんだろうし、

子供の教育にとっても悪くない(むしろ、良い)番組だからだろう。



なにしろ、一日テレビは30分しか見ちゃいけないルールがある家庭で、

「NHKスペシャル」とはいっても、テレビ番組だから、

俺にとっては、それは一種の「娯楽」だったわけさ。



そういう意味じゃ、俺は小学校の頃から、かなり偏っていたと思う。



別に親はそんなことは意図してなかったはずだ。


自分だって、別にそういうことを知っていることが悪いとは思っていなかったし、

むしろ、周りの子たちが、そういうことに無関心な中で自分だけ知ってるみたいな感覚は、

ちょっとした優越感でもあった。



だって、学校の道徳の時間で「環境問題」とかやっても、みんな「?」ってなってるところで、

俺は「ああ、この前テレビで見たなぁ・・・」みたいな感じなわけだから。





ただ、うちの親は全然意識なんかしてないけども、

それは、結構特殊なことだったんじゃないかと思う。


なにしろ、他の子たちもそういう「NHKスペシャル」みたいなものを見るとしても、

「ドラゴンボール」だとか、そういう子供らしい番組も他に見ていたはずだから。



まあ、少なくとも、俺の中でのインプットの質ってのは、かなり偏っていたと思う。


親は、それを「教育」だとかは思っていなかったとは思うけど、

今考えてみれば、それは強烈な「刷り込み」だったよね。



そんなんばっかり見ていた俺は、

将来が、とことん不安になった。


将来って、日本の将来じゃないよ。


地球の未来のこと。



世界で苦しんでる人がたくさんいる。

温暖化がやばい。

少子高齢化がやばい。




そんな知識ばっかり、どんどん入ってきて、


頭でっかちで、とにかく将来に不安だらけだった。





いつからだったろう。


でも、きっと中学生ぐらいの頃だと思う。





自分の中で、決めたものがあった。


「生きる覚悟」




なんていうか、

世の中は暗いこと、つらいこと、苦しいことで溢れてる。

(そんな番組ばっかり見てたもんだから)


俺にはカネも、力もない。


でも、自殺していなくなるわけにもいかない。




じゃあ、どうしたらいい?





生きるしかない。

この暗くて、つらくて、苦しい世界を。






じゃあ、強くなるしかない。






意識的にそう思っていなかったとしても、


多分、無意識のうちで、中学生ぐらいの頃から、そう考えていたと思う。






俺のことを「自分に厳しい」だとか、

「ストイック」だとか思っている人は、



俺が、俺自身、


「覚悟を決めて、強くならなきゃいけない」



って、ずっと思ってきたからなんだと思う。



それってね。



人によっちゃ50歳になったって、そんな覚悟持ってないよ。



それを12~3歳の頃には、そう思ってたんだから、


俺、「変人」だよね。







だから、当然、周りとの温度差は、その頃からものすごく感じてた。





なんで、こいつら、努力できないんだろう?


なんで、やるべきことやらないで、だらだら遊んでんだろう?




俺からしたら、

将来良い大学入って、良い会社入って、みたいな考え方は全然なかったのさ。



むしろ、俺は、アンチ巨人、アンチ東大、アンチ大企業、


みたいな、野武士の精神(?)旺盛な人間なもんだから、


メインストリームとか、威張ったやつとか、偉そうなやつとか、金持ってるやつとか、


大嫌い。






でも、世の中、力がないやつは、


踏みにじられても、文句言えない。



大事なもの、大事な人を、踏みにじられても、諦めるしかない、泣くしかない。



そう思った。


勘違いかもしれないけども、


でも、今だって、一理はあるんだ。




弱い国は、強い国から無条件で攻め込まれたりしてる。



立場の弱い人は、誤爆されて、家を吹き飛ばされて、殺されたって、誰も仇なんかうってくれない。

(だから、テロに走る)



津波の前じゃ、人の力も無力だった。






強いものの前じゃ、


弱いものは大事なものを失うしかない。








俺は、それが嫌だと思った。










もう、本当にそれだけだったと思う。











だから、自分が強くならなきゃいけないと思った。





力が要ると思った。





そして、大切なものを失うつらさを味わいたくないから、


自分が傷付くのが嫌だから、


できるだけ、大切なものを少なくしようと思った。


自分に関わらなければ、相手が悲しむこともないとも思った。





でも、今から思えば、なんで、俺はそんなに、世界を一人で背負おうとしているみたいに


肩肘張ったんだろうって思う。






結局、気付いたのは、



そうやって、自分を孤立させて、孤高になっていけば、



確かに自分自身の強さは手に入れられるかもしれないけど、





自分自身がどんどん追い詰められていって、




すごく脆くなってしまう。




むしろ、大切なものを、大切な人を、たくさん作ることで、



自分にはできないこと、自分だけじゃ足らない力、自分だけじゃ成し遂げられないこと、



どんどん大きくなっていく。



自分も幸せになれるし、


周りも幸せにしてあげられることになるんだって、気が付いた。





でも、それは、徹底的に自分を突き詰めていったからこそ気付けたことなのかもしれない。






だから、「強くなること」の、最高の形は、



自分が強くなること。そして、その上で、周りと一緒に強くなっていくこと。

身の回りを幸せにしていくこと。



その結果が、例えば地域だとか、国だとか、世界だとかに広がっていくんだと思う。




でも、力は必要だ。



カネも必要だ。



そして、頭も必要だ。



何かするには、カネが要る。

バカじゃ、本当に大切なこと、それを実現する方法が考えられない。





だから、カネを稼ぐこと、勉強していくことってのは、

大切なことなんだ。






いつか見つかるであろう、


大切なものを守るために、ね。






p.s.

余談だけど、

だから、彼氏だとか彼女だとか、自分のパートナーを大切に思えない人、

自分の命を懸けてでも守りたいって思えないような人は、

「?」

って思ってしまう。



勿論、俺の勝手な価値観だけど、

世界で、自分が本当に大事にできる相手、本当に大事にしたいって思える相手なんて

数えるほどしかいないはずなんだ。


そういうのに対して「本気で愛せよ」って思ってしまうのは、

単に、俺が恋愛下手だからでしょうかね?

でも、恋愛上手なんてなりたいとも思わないし、人生なんて常に全力本気100%しか、ありえないと思うけど・・・

彼女できたら、変わるもんなのかな?