今、すごく面白い体験をした。


自分の中での感情の起伏があって、

それが、すごくよく分かった。




mixiで他の人の日記にコメントを書いて、

そのコメントに対して、別の友人から「諌められた」のだけど。




なんか、「諌める」ってのと「否定する」ってのは、

似てるよね。





「それ、やっちゃだめだよ」


って言うことは、



その人の言動を「否定する」ことでもあるけど、


愛や、優しさがある時は「諌める」ってことになるんだと思うわけ。









最近、あまりこういう経験がなかったから、


このコメントを見て、


ちょっとムカっとしたんだけど、




でも、こういうことを言うのは、


相手(この場合、自分)のことを、ある意味で認めてるから、考えてくれてるからなんだよね。






こう言っても受け止められる、


って思っているからこそ、こういうふうに言えるんだと思う。





だから、

彼のコメントに感謝することにした。




誰かを傷つけたり、

誰かに自己主張を押し付けたりしたくて、

自分は主張しているわけじゃないわけだから、



こういうふうに、敢えて横槍を入れてくれるというのは、


むしろありがたいことなんだと思った。





思うんだけど、


人と人の関係って、多分、この世界で一番難しい。




物理的な現象を理解すること、

法律を理解すること、

社会の動きを理解すること、



勿論、色々難しいことは、世の中にたくさんあるんだけど、



でも、多分、人間を理解すること、

特に、自分以外の他の人のことを理解すること、


そして、分かり合うことが、多分、世の中で一番難しい。


究極的には、分かり合えることなんかないのかもしれない。





だから、分かろうとすることが大事なんだと思う。


人のことを愛そうとする、理解しようとする、大切にしようとすることが、大事なんだと思う。





分からない、と諦めてしまうのは簡単だし、


嫌いだ、というのも簡単。




実際、自分も、どうしても理解できない人もいるし、

好きになれない人もいる。

その言動から、信用できない人もいる。




好きな人と一緒にいたいし、

自分のことを好きでいてくれる人と一緒にいたい。


耳触りの良いことを言ってくれる人と一緒にいたいし。



でも、耳障りの良いことしか言わない人は、

多分、自分の成長には寄与してくれないと思う。




自分の良くない部分について、

遠慮なく言ってくれる人。

そういう人って、自分が成長していくために、より良い人間になっていくために大事なんだと思う。



自分に甘い人、自分にとって良いことしか言ってくれない人は、

多分、粉飾決済する会社の経営陣みたいなことになってしまうような気がする。



成長し、より良い人間になっていくためには、自己満足であってはいけない。



やっぱ、痛いところを突かれると、ドキっとするし、イラっともするし、

すごく傷付くんだけどさ、



それを乗り越えていかなければ、多分、自分自身成長していけないんだろうし、


人を幸せにしていくこともできないんじゃないかなと思う。






いや~~~、


先は長いぜ。





でも、頑張ろうと思う。