自分は、昔から日本という国に対して悲観的な人間で、
日本と言う国が消滅してしまう可能性を、ことあるごとに考えてきました。


最近、ふと思ったのは、こんな感じです。

【1】中国に植民地化されるシナリオ

30年後、日本の労働人口は少子高齢化によって確実に減ることが予想されていますが、
そのうち、日本という国全体がお金を稼ぎ出す力はどのくらいになるのでしょうか。
そして、それは、国家を支え切ることができるのでしょうか。
今存在しているセーフティーネットは、いつまで持続できるのか。
今存在している社会保障はどこまで持続できるのか。

このシナリオは、国家の「稼ぐ力」が「必要なお金」を大きく下回り、借金漬けになった時に、
他の国、今後力を付けていく国に救済される代償として、その国に保護国化、
あるいは植民地化される可能性を考えたシナリオです。

最近は、どこの国も武力解決なんて考えませんからね。
経済的に乗っ取る、それも秘密裏に。
「救済」といういかにも人道的な大義名分をもって、その実非人道的なことを求めることが、
もしまかり通ることがあれば、ある国が他の国の尊厳を蹂躙することが、国際的に黙認される
そんな時代や状態が来ないとも限りません。

かつて江戸時代では、
江戸幕府は農民に対して「農民は生かさぬよう殺さぬよう」に年貢の取り立てをしたといいます。
また、明治時代、日本は保護という名目の上で朝鮮半島を植民地化したわけです。
日本人の美徳を持っている人であれば、たとえ植民地化したとしても、
その植民地の人たちの権利を無駄に蹂躙することはなかったかもしれませんが(知りませんが)
もしそんな美徳を持ち合わせていない民族の方々が、他の国を植民地化したらどうなるのでしょうか。


まあ、そうなったらそうなったで、日本と言う国に新しくナショナリズムが出来上がって、
今の日本人よりも、自分たちの国や自分たちの生き方に対して、
もっと真剣な人間がたくさん出てきそうなので、それはそれで良いことなのかもしれませんが。
ただ、歴史的に言えば、このように一つの民族を圧制して、流浪の民となり、
そして、民族自体が歴史から消えるということもあるわけですから、
日本という国が、そうならない保障などどこにもないのです。

そういう意味では、私たちは、もっと自分たちの国のこと、それ以上に自分たちの生き方について
真剣に考えなければいけないはずなのです。




類似パターンとして、
【2】日本円の価値が紙くず同様になり、日本中の資産が中国や他の国の資産を持っている人間に買い叩かれるパターン

今、基軸通貨がどこも弱いと思います。
基軸通貨が弱い、というよりも、その通貨を発行している国が、経済的に赤字を背負っていたりして、
その通貨を維持する保障が全くない状態が生まれているような気がします。
アメリカにしても、ヨーロッパにしても、円にしても、そうですね。
どこの通貨が強いとか、価値があるというのは、相対的な評価でしかなくて、
実際のところ、どこも台所事情は苦しそうです。
つまり、どこの通貨も、一寸先は闇の状態です。

じゃあ、中国元なのか?
インドルピーなのか?

もしかしたらそうなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
ただ、少なくとも、どこの国も、どこの国の通貨も、信用はできないし、しっかりした裏付けがないのだとは思います。

そして、何か起こった時に、一気に紙くず同然になる危険性を孕んでいるというか。
EUのギリシアへの追加資金にしてもそう、
アメリカの若者のウォールストーリート占拠にしてもそう、
日本に関して言えば、現在進行中の福島原発の放射能汚染問題にしてもそう。

「あ、これはもうダメだ」

と思われる時は来るはずなのです。
そして、しかしそれは、急激に来るというよりも、
恐らく、恐る恐る、ゆっくりゆっくりと、普通の人の目には見えないように進行するはずです。
急激に下がることは、誰も望みません。
政府の担当者も、他の国も、企業も、投資家も、資産家も。
だから、皆、慎重に慎重に、情報を小出し小出しに、問題を先送りに先送りにして、
問題が表面化しないように対応するのです。
そして、恐らく、こういう事実を知っている一握りの金持ちたちが、
うまくうまく資産をシフトさせ、彼らの資産を目減りさせないようにリポートフォリオ化するのです。
(ポートフォリオを組み直すこと)

一般の多くの人は、シフトできるほど資産はありませんし、
政府などの公的機関の人たちにとっては、通貨は調整するものではあっても、自分たちの財産ではありません。
シフトさせる必要性はないし、実際に自分たちが資産を持っているとすれば、目が効く資産家たちと同様の行動を取るでしょう。

ある意味、一つの通貨に依拠した資産というのは、リスクだということです。
円しか持っていない人も、日本しか土地を持っていない人も、日本の株式しか持っていない人も、
円という基軸通貨の価値が目減りした際、一文無しになる可能性があるのです。


もし、ある瞬間に円が暴落したら・・・
その時、別の国からよく言われるハゲタカファンドの方々がどっと押し寄せてきたら。
日本の全土の地下が、1/50下落したら・・・
それを他の国の企業に買われたら・・・

もはや、そこは日本であって、日本ではなくなるのではないでしょうか。

日本と言う国に日本人が住んでいて、主権を持っていて、国家が存在し、外交権があるのに、
実際、その国土の所有者は他の国の人間ということが、
本当に起こらないなという保証など、どこにもないのです。

でも、そうなったら、もはや日本という国は消滅するかもね。
戦争も何もしなくても、国を乗っ取れるという・・・嫌なシナリオ。




実際に進行しているものとしては、
【3】日本に限らず、国家という枠組みが溶解して形骸化するパターン

【2】に関連するものだけど、
現在、国家という枠組みは、本当に枠組みだけになりつつあるのではないかと思っている。

別の言い方をすると、

近代以前のように、
「統治者がいてその統治者が人民を統治する」という形から、
「国民に主権があって、国民自身が国を統治する」という形に移った。
ただ、貧富の差が拡大するにつれ、
実は「富める者がルールを作り、貧しい者を統治する」という形になっていると思う。
「国民主権」とか議員内閣制のような統治システムは、
実は、このような暗黙のルールを隠す隠れ蓑になっている。
勿論、チャンスは一般的えには平等にあるのだが、そのチャンスを生かせる人であっても、
富める者、支配する側に移動するのはなかなか至難の業だ。


しかし、こうした富める者、支配する側にいる人は、自腹を切って、弱者を救済するわけではない。
中にはそういう人もいるが、しかし、無制限にそんなことをするわけでもない。

このような時代にあって、国家の役割は何か。
そして、その限界点はどこなのか。

言わずもがな、役割とはその格差の是正と弱者の救済であり、
その限界点とは、それを実行するための力(すなわち財源)を国民に依存している点だ。


現在の国家は、国家として正常に機能するには限界が来ていると思う。
理由はいくつかあるが、一つには、時代の要請のスピードに対応し切れていないこと。
価値観がいつまでも古臭いがために、スピード重視の現代に対応できている国は、世界中を見渡しても多くない。
いや、むしろ今まで「先進国」と言われてきた国が、いわゆる「大企業病」にかかっているがために対応できていないのだと思う。
その「先進国」の通貨が国際基軸になっている点に、世界経済の時代錯誤がある。
つまり、「先進国」はすでに時代遅れなのだ。
少なくとも、現在のグローバルスタンダードとは言えない。
経済の基準が、国家という枠組みを基準とした通貨になっているところに、現在の国際経済の無理があるのだと思う。

国家が正常に機能できない理由の二つ目が、
国家のバランスシートが完全に崩壊したような状態になっていることだ。
もはや、健全な経営をしている国家が存在しない。
少なくとも、「先進国」の中で健全経営な国家が存在しない。
国民を助けたくても助けられるような状態ではない。

力がなければ、人を助けることはできない。
国民を助けることができない、国民がその国内で生存権、基本的人権を維持することを保証できない国など、
存在していないも同然である。

むしろ、国家という枠組みよりも、会社という枠組みの方が、人の生存権を保証している。
国家のセーフティーネットが信頼できないからこそ、この部分は自己責任になりつつある。
このような状況で、国家という枠組みは、どこまで存続するのか。

これは日本に限った話ではない。
ただ、日本はその他の要因も相俟って、比較的早い段階で、
国家としての体裁をなくしてしまうのではないかと思っているのだ。
国土と、人民は持っているが、それを守ることができないという状態に。

最近ギリシアの経済支援が取りざたされているが、
若年失業率に関して言えば、20%を越えているのはギリシアだけの話ではない。
ヨーロッパ全体で同じような状況が起こっている。
たまたま調べてみたら、こんな状況らしい。詳しくは知らんけど、きつい状況であることは容易に想像できる。
http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-1465.html


もし国家が、その国の国民に対して、何もしてあげることがなくなった場合、
そして、国家とは違う主体が、その国民にしてあげられることの方が大きくなった場合、
その時、国家の存在意義がなくなるのではないかと思うのだ。

そして、恐らくは、同じ時代に、
その存在意義がなくなった国家と、きちんと国家として機能している国家とが併存した世界になるのだろう。
そうなった時、今の世界の勢力地図は確実に大幅に塗り替えられていることだろう。



長期的にほぼ確実に起こると思っているのは、
【4】日本としての価値観・美意識が日本人の中から喪失するパターン

これは、①~③のように、国に外的な要因、経済的な要因、社会的な要因によるものというよりは、
国民の内面的な要因、あるいは社会的な要因によるものである。

簡単に言ってしまえば、日本人が日本人でなくなってしまう。

そうなれば、そこにいるのが日本人であっても、もはや古き良き日本はなくなる。
古き良き日本、というと、考え方が古臭いと見る向きもあろうが、
我々日本人は、自分たちのアイデンティティをどこに依拠しているのかという話になった時、

それは、日本人が日本という国に閉じこもり、
他国からの影響を受けず、古来から自分たちの価値観や美意識を継承してきたという点に尽きるのではないかと思う。
日本という国は、世界的に見ても、かなり稀な国だと思う。
歴史的に、他の国から強制的な文化的な影響を受けるという経験がほとんどない。
つまり、仏教や儒教、その他海外からの貿易は行ってきたものの、
他の国から侵略されたり、圧制を受けたり、文化的・教育的な強要を受けたことがほぼない。
言い換えれば、日本の文化・価値観・美意識は、
日本でほぼ日本で生まれ、純粋培養され、成熟されて、今に至っている。

また、宗教的なバックグラウンドも希薄で、
さらには、民族的にも、世界に稀にみるほどに単一性が高い。
多少混じっているとすれば、アイヌや琉球の血ぐらいだろう。

この日本独自の文化・価値観・美意識を、良いと見るか時代遅れと見るかは人の見方によるだろうが、
少なくとも、世界のグローバリズムは、今までのままであることを否定している。
言ってしまえば、もっと世界に出てこい、もっと世界を受け入れよ、という無言の圧力が確実にあるし、
この流れに乗らざるを得ない状況がある。
いつまで経っても内向き志向の日本だから、いまだに流れに乗り切れていないが、
しかし、世界的な価値観は、社会の至る所で日本に流入している。


問題は、こういう状況だということを、日本全体が気付いていないということだ。
自分たち固有の文化・価値観・美意識は、いわゆるグローバリゼーションとも言われる
アメリカ的価値観によって「乗っ取られ」つつある。
それは、ある意味で「自由主義」なので、悪いことではないのだが、
日本の独自性、日本の良さを意識し、それと自由主義・アメリカ的価値観との折り合いをつけつつ導入していないため、
日本人としての良さが、どんどん失われていっているのではないかと思うのだ。

「侍」は、「大和なでしこ」は、どこにいるのか。
どんどん少なくなってしまっているのではないか。


そして、ある時気付いたら、日本に、古き良き日本を知る日本人が一人もいなくなっていたら。

日本に、日本独自の良さを語れる日本人、自分たちの歴史を語れる日本人がいなくなったら。

その国は、はたして日本という国なのだろうか。
そして、その時、自分たちは、自分たちの強み、自分たちのアイデンティティをどこに依拠できるのだろう。




こうした自分の危惧は、全く数字的な根拠や法律的な根拠、あるいはデータの精査に基づくものではないのだけど、
少なくとも、このシナリオのうち2つぐらいが現実のものとなってしまえば、
日本は消滅するのではないかと思っている。

それを覚悟しつつ、それでも、自分としては日本人であることを全うして生きたいと思っている。