敬愛する大前研一氏と、これまた敬愛する柳井正社長の共著のタイトルです。
自分は実はかつて日本が嫌いで、
早く日本から出て、アメリカに帰化したいと思っていたのです。
日本が嫌いで、日本に馴染めていないというか、どこか浮いてしまうような感覚で。
自分が初めて英語を頑張ろうと思ったのも、そこに原因があります。
その思いは、正直、今でもあります。
自分自身、日本らしくないというか、日本社会に溶け込めていないというか。
ただ、色々な人に会う中で、この感覚は必ずしも悪いことではないと思うようになったし、
むしろ、他人が自分に合わないならそれはそれで良いと思うようになりました。
自分と合う人にたくさん会うことができたというのも、一つの財産だったのだと思います。
6年前、自分は就職活動をした時、
こうした思いは、自分が仕事を探す上での一つの指針となりました。
一つは、視点が海外に向いていること。
少なくとも、国内のマーケット、日本人の内輪だけで仲良く仕事をするというような仕事はしたくないと思ったのです。
もう一つは、日本の独自性を持っているということ。
一つ目と相反していると思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
日本人の強みの一つは、自分たちが日本という国をバックボーンとしている部分にあります。
日本の文化、美、古来からのメンタリティ・ホスピタリティ、そういったものは、
恐らく、国外に発信していく価値のある、国外には無い至上の価値観であり、
美しさなのではないかと思うのです。
今、出てきましたが、自分は日本の「内輪性」、クローズドな感覚が苦手です。
仲間内だけで群れるというその体質が、恐らく、自分の親の影響が大きいのだと思うのですが、馴染めないのです。
しかし、一方で、その内輪性が故に、
日本の文化やメンタリティ・ホスピタリティは磨かれてきた部分はあるとも思っています。
ただ、グローバル化が進行する中で、
必要とされているのは、日本として築いてきた良い部分をしっかり守りつつ、
それを、周りに発信していくことであると思っています。
それこそが、日本が日本としての存在意義を世界で示す唯一の手段です。
例えば、ITがどうのだとか、電機製品がどうのだとか、
色々とテクノロジーや知識は世界中で発見されますが、
自分からしてみたら、それは「言葉」と一緒です。ツールでしかない。
確かに、生きていくため、渡り歩くためには、欠くべからざるものではありますが、
それ自体は目的とはなり得ないし、人間としての成長の上では本質的なものではないと思っています。
冒頭の一文に戻りましょう。
大前氏と柳井氏がこの一文に込めた思いは、
「この国より出よ。そして、大きくなって戻ってこい」
ってことではないかと思うのです。
この2人が単純に、有能な人間はこの国からさっさと逃げろ、などということは言わないはずです。
この一文の本質は、
国の中に留まるな。
力ある者は国外に飛び出せ。
そして、そこで得たものを持って、日本に再び戻り、日本を力付けよ。
そういうことなのではないかと思うのです。
自分は実はかつて日本が嫌いで、
早く日本から出て、アメリカに帰化したいと思っていたのです。
日本が嫌いで、日本に馴染めていないというか、どこか浮いてしまうような感覚で。
自分が初めて英語を頑張ろうと思ったのも、そこに原因があります。
その思いは、正直、今でもあります。
自分自身、日本らしくないというか、日本社会に溶け込めていないというか。
ただ、色々な人に会う中で、この感覚は必ずしも悪いことではないと思うようになったし、
むしろ、他人が自分に合わないならそれはそれで良いと思うようになりました。
自分と合う人にたくさん会うことができたというのも、一つの財産だったのだと思います。
6年前、自分は就職活動をした時、
こうした思いは、自分が仕事を探す上での一つの指針となりました。
一つは、視点が海外に向いていること。
少なくとも、国内のマーケット、日本人の内輪だけで仲良く仕事をするというような仕事はしたくないと思ったのです。
もう一つは、日本の独自性を持っているということ。
一つ目と相反していると思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
日本人の強みの一つは、自分たちが日本という国をバックボーンとしている部分にあります。
日本の文化、美、古来からのメンタリティ・ホスピタリティ、そういったものは、
恐らく、国外に発信していく価値のある、国外には無い至上の価値観であり、
美しさなのではないかと思うのです。
今、出てきましたが、自分は日本の「内輪性」、クローズドな感覚が苦手です。
仲間内だけで群れるというその体質が、恐らく、自分の親の影響が大きいのだと思うのですが、馴染めないのです。
しかし、一方で、その内輪性が故に、
日本の文化やメンタリティ・ホスピタリティは磨かれてきた部分はあるとも思っています。
ただ、グローバル化が進行する中で、
必要とされているのは、日本として築いてきた良い部分をしっかり守りつつ、
それを、周りに発信していくことであると思っています。
それこそが、日本が日本としての存在意義を世界で示す唯一の手段です。
例えば、ITがどうのだとか、電機製品がどうのだとか、
色々とテクノロジーや知識は世界中で発見されますが、
自分からしてみたら、それは「言葉」と一緒です。ツールでしかない。
確かに、生きていくため、渡り歩くためには、欠くべからざるものではありますが、
それ自体は目的とはなり得ないし、人間としての成長の上では本質的なものではないと思っています。
冒頭の一文に戻りましょう。
大前氏と柳井氏がこの一文に込めた思いは、
「この国より出よ。そして、大きくなって戻ってこい」
ってことではないかと思うのです。
この2人が単純に、有能な人間はこの国からさっさと逃げろ、などということは言わないはずです。
この一文の本質は、
国の中に留まるな。
力ある者は国外に飛び出せ。
そして、そこで得たものを持って、日本に再び戻り、日本を力付けよ。
そういうことなのではないかと思うのです。