人を突き動かすものは、
その人の中にある「モチベーション」である。
それを「やりたい」と思わせ、行動に移させる内的な力。


それは、自分の内的な要因と、外的な要因とが、
うまく組み合わさった時に力になるのではないかというのが、
本日の発見。



ニュートンは、リンゴの落下を見て万有引力の法則を発見したが、

それは重力というものに対してずっと考え続けてきたから、悩み続けてきたからこそ、
それに気付くことができた。


その悩みが、内的な要因だったのではないかと思う。


そこに、リンゴが落ちるという外的な要因が、目に飛び込んでくる。



そこで、

「あれ?」

と思う。


それが「発見」に繋がる。



今日、久しぶりにMさんと人と話をした。
ボランティアで知り合った、とあるジュネーブにある国際機関で働く、
私よりもちょっと年上な、自称「ハードボイルド」、中身は「オチャメ系」な男性である。
はっきり言って、国際機関で働いているというよりも、ふつうのおっちゃんなのだ。
そして、こんなことを本人に言っても、彼はきっと怒らないw
(でも謝る。ごめんなさい)

話をしたというよりも、チャットをしたのだ。
Gmailでのチャットは初めてだったものの、自分としては面白い話だった。


転職について、目指すべきもの・方向ははっきりしているものの、
しかし、イマイチ、踏み切れなかった。
行動に移せなかった。
自分自身、それがなぜだかよくわからなかった。

チャットをしていて、ふと気付いたことがあった。
今の自分に何が足らなくて、なぜイマイチ踏み切れていなかったのかを。


これは、正直言って、同世代や年下と話していても、なかなか気付けないことなのではないかと思う。


今、自分が大学生に対してアドバイスをすることはできる。
それは、自分が通ってきた道であり、
また、将来からの視点で話すことができるからだ。

自分が学生の頃、こんなふうに年上の人間から、人生のガイダンスを受けていたら、
どんだけもっと効率的に、幸せにたどりつけていただろうとか思うが、
しかし、頑固で意固地な自分としては、当時は毛頭他人の意見なんか受け入れる気なんかなかっただろうから、
いずれにしても、効率的な生き方なんかできなかったと思う。
まあ、自分の場合は、自分で経験して、遠回りでも納得しながら進む主義だから、それで良いのだけど。

一方、同世代に対してアドバイスすることはできない。
5年後、10年後先の人生を歩んでいないのに、その未来の視点からアドバイスができるはずがない。
家庭を持った人、子供を持った人でなければ、それについてのアドバイスができないのと同様、
その経験がない人はアドバイスをすることはできない。
むしろ、同世代にアドバイスすること自体、ある意味傲慢な行動なのだと思う。



そう考えると、年上で話ができる人が身近にいる(彼はジュネーブだが…)というのは、
とても貴重なことだ。
自分よりも、少し上の目線から物事を示唆してくれる部分がある。

本を読めとはよく言われることで、
自分も大学生などには自分のオススメの本を渡したりもするけど、
勿論、そこからも示唆やアドバイスは受けられる。

しかし、本からの情報は、勿論先達の貴重なアドバイスなのだけど、
インタラクティブ(双方向的)になり得ない。
刺激を受けることはできるが、教科書を読んでいるのと同じで、自分が本当に必要なことに気付くためには足らないのだ。


先に述べた外的な要因というのは、だから、

①本などのようなインプット中心の外的刺激
②5~10歳ぐらいは離れた年上の人との交流による外的刺激

があるのが良いのだと思う。


というのが、本日気付いたこと。