今、友人よりメールが来ました。


メール文中で

「世を忍ぶ」

という表現があって、

「?」

と思ったのですが、
広辞苑を調べて、どうやら正しいと判明。



英語じゃどう表現するのがいいのかなぁ。






言葉を正しく使える人は知性を感じる。


際どい(難しかったり、あまり多用しない)表現を的確に使える人は、
内心「おお!」と思う。
ある意味、敬意の対象。


先日読んだ井上ひさし氏の本の中でも書かれていたことだけど、

英語を学ぶ前に、
日本語をきちんと使えるようになれということ。



翻訳家をしている友人がいるが、
彼のような仕事だと、言葉のニュアンスを的確に伝える必要性があるから、
やはり、英語以上に日本語に精通している必要がある。



これも井上ひさし氏の言だが、

母語以上に大きい外国語は習得できない。



これは正しくて、

言葉は、概念を表現する手段でしかない以上、

まず概念を知っていて、
それを母語で表現できた上で

外国語でようやく表現できる


というのが、ほぼ正しい。




将来、子供を育てるなら、
国内と海外を併用するような形でメンタリティを形成するのは面白いのかなとか思ったけど、

しかし、あくまでベースになる母語とメンタリティがないとなるというのは、危険なことなんだろうなとも思っている。


まあ、そんなことは、
結婚できたら、結婚相手と考えりゃいいことだ(笑)




ここから派生して思うことがあって、

年々、わが国では、
教育の質や、知性の質が落ちていると感じるんだけど、

これは、一つには個人レベルの問題と、もう一つには社会レベルの問題が原因となっているのだと思う。


個人個人、学習が足らないし、だから先人が残したレベルのものを子供に伝えられない。

箸の持ち方だったり、食事中のマナーだったり、生活していて当たり前のことを、きちんと子供に伝えられている親がどれだけいるだろうか。


また、仮に個人レベルでできていても、恐らく、30年前よりも、親が子供に直接関われる時間が少なくなっている面はあるかもしれない。


箸の持ち方ぐらい大したことない?

言葉の使い方ぐらい大したことない?



本当にそうかな?



テーブルマナーができている人と、できていない人だったら、
どっちの方が、社会の上流層に多いだろう?


書道の家元が、筆を正しく持てないなんてことがあるだろうか?



問いたいのは、

人間としての質、あるいは格

の問題だ。


金を持っている人、
能力を持っている人、
権力を持っている人

は、たくさんいるが、
品格を併せ持っている人はどれほどいるだろうか。


太った豚よりも
痩せたソクラテス


ということで。
↑使い方微妙だけど(笑)