人間の証明  

PROOF OF THE MAN  

 

棟居弘一良 

 

棟居は

幼い頃から

父の手一つで育てられてきた 

 

 

母はとっくに自分と父を捨て

若い将校と駆落ちしていない 

だから、

母の顔など憶えていない 

 

しかし、

それでも

父は

愛情をもって育て

棟居は、

そんな父に

唯一の安らぎを感じていた 

 

そんな時、

昭和24年の春

新橋の闇市で事件が起こる 

 

一人の

若い日本人の女が

不良米兵 (GI) 達に

乱暴されていたのだ  

 

父は、

その日本人の女を助けるために

果敢に立ち向っていくが 

多勢に無勢、

そのうえ、

たっぷりと栄養が行き渡った

血色の良い米兵達に比べて

栄養不足の日本人では

到底敵う相手ではなかった 

だが、

それでも父は向っていった 

 

この日、

4歳になった

棟居の誕生日の祝いにと、

父は土産の饅頭を買っていたが

 

無情に 

GI は

強引に饅頭を奪い取り

ニヤリと笑うと、

父の温かい思いの詰った

土産の饅頭を

4歳の棟居の眼の前で

地面に叩き捨て、

軍靴で

ぐちゃぐちゃに

踏み捻り潰してしまった 

 

 

父は 

GI 達による

殴る、蹴るの

容赦ない立て続けの暴行を受けて 

最早、生死を彷徨う虫の息だ 

 

 

その時、

周りに居た群衆は、

同じ日本人であるにもかかわらず 

GI 達の暴行に

捲き込まれるのを恐れ、

助けようと手出しするでもなく 

ただ、好奇の目で

その様子を見ていただけである 

 

 

GI 達から逃れる事ができた

若い女は

父に礼を言うでもなく、

助けを求めるでもなく、

我先にと逃げ去ってしまった 

 

 

父は、

この重傷がもとで、

二日後に帰らぬ人となった

 

 

棟居は、

施設に保護されるまでの間、

4歳にして、

乞食同然の日々が続いた 

 

棟居にとっての怨敵は、

自分と父を見捨てた生みの母と

その時、

周りに居た、同じ日本人の群衆、

若い女、警官、医師に代表される

全てであった 

 

その日から

棟居は

人間を信じなくなっていた 

 

刑事は、

国家権力を背負って動く事ができる 

 

最早、

社会正義だけのためではない 

 

悪人が、

どうにも言い逃れできない

極限まで追い詰めて

その足掻き苦しむ様を

じっくりと見詰めてやりたい… 

 

要は、

苦しめるだけ苦しめればよいのだ 

 

 

そんな棟居が

捜査することになった 

ジョニー・ヘイワード殺人事件