名古屋で働くウエディングメディア所長のブログ

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どんな馬鹿げた考えでも、行動を起こさないと世界は変わらない。

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ウエディングパーク社長の著書である

 

僕が社長であり続けた、ただ一つの理由

ウエディング業界に革命を起こした信念の物語

 

を読み終えたタイミングでせっかくなので

この会社と決め、入社した理由を振り返ってみたいと思います。(半分人生の振り返り)

 

平成元年に神奈川で生まれ、物心ついた幼稚園年長~小学校3年生までは父の仕事の関係で

アメリカのカリフォルニア州で過ごしました。

 

英語なんてわかるはずない、友人もいない、

週5日は英語学校、土曜日は補習校という日本語学校へ通いました。

最初は嫌々だったものの、帰国する頃にはある程度の会話はできるようになり帰るのが嫌になるほどでした。

 

帰国してからは転校の繰り返し

栃木→座間→青葉区

どこにいっても、「まあなんとかなる」という気持ちや異文化とコミュニケーションを取ることへの

抵抗の無さはこの幼少期~小学生で培われたような気がします。

 

学生の頃から先生のモノマネをしたり、人前で友人を笑わせたりすることが好きで

自然と学級委員や部長はやってきました。

 

負けず嫌いになったのは中学から始めたソフトテニスの影響

野球やサッカーというチーム戦とは違い、基本的は個人の勝負

自分が強ければ勝てるし弱ければ負ける、それだけの世界

 

大学は入学数日で参加したサークルフェスティバルでテニスサークルの第36代目の1人目として入会

 

大学ではおそらく2番目に厳しいゼミにも入っていたけど

サークルも幹部学年になる際(2年目の暮れ)に先生から

「サークルとゼミどっちが大切なんですか?」と問われ

どちらも参加必須という状況の中、僕の出した答えは「ゼミをやめる。」でした。

 

このゼミに入っていて研究を続けていればそこそこのメディアの会社に行けたかもしれませんが

逆に今の自分がなかったはず。選んだ道が正しい道。なんだと思います。

 

結果80人ほどのサークルの代表になり、全パワーをこのサークルの運営に注ぎました。

 

「サークルってお遊びでしょ」と思う方もいるかと思いますが

 

自分の代の運営に対してのビジョンと方針をプレゼン、4時間ほどの質疑応答を経て

会長、副会長、マネージャー、渉内、渉外、書記、会計、その他もろもろ役職を決め

 

決議されたあとも

幹部は全ての試合、全ての飲み会は参加必須

練習後は全員で1時間立ってMTGは当たり前、運営に対してなにを考えているのか3,4年から毎日詰められる

 

合宿では練習内容決めや企画決め飲み会座り場所の陣形決めなど行っては夜のMTGで

正座で上層部からまた詰められる、その繰り返し

 

ただ、なんでそんなことやってこれたのかと問われれば

参加してくれる会員のみんなが笑顔で居てくれるから。

辛くても一緒に運営を全力してくれる同学年の仲間がいるから。

これだけです。これがすべての原動力。

 

サークルに参加するために大学に来ています!

飲み会が楽しみです!

明日どこいきます?って言ってくれる多くのメンバーがいてくれること。

 

今思えば、学校なんだから勉学に励めよという気もしますが、それはそれでやりながら

サークルに所属していたことが大学生活を輝かせられるひとつのピースなのであったのであればそれは一つの形かなと。

 

アルバイトは渋谷の居酒屋で3年ほど勤めましたが

月1のMTGでどうやったらリピーター増やせるか議論したり

飲んだあとにアンケートを取って、印象に残っているスタッフの名前書いてもらって誰が一番多いか競ったり

 

でもどんな事象も根本の考え方はやっぱり

「自分に関わってくださっている方々に喜んでほしい」ということ

 

 

そんなこんな人生の大枠の背景があって、私の就職活動の軸が「幸せに関われる仕事」になりました。

 

当時自分の小さな脳で考えた結果 幸せ=結婚式となり

結婚式に関われる仕事にしようと決めました。

 

就職活動中受けた会社は10社ほどだったと記憶していますが、全てウエディング企業を受けました。

 

選考が進められても3次や4次までで最終まではいけませんでした。

 

ただ、私としてはこの「結婚式に携われる仕事」から軸をブラすことは絶対しないと決めていました。

諦めきれないと思って

またリクナビで「ブライダル」と検索したときに出てきた会社がウエディングパークでした。

 

「あれ?こんな会社いままで出てきてたっけ」というのが最初の印象

 

それから

 

「21世紀を代表するブライダル会社を創る」

 

「インターネット×ブライダル」

 

「新卒1期生」

 

この3点にここしかないという直感が働きました。

 

年功序列は嫌だ。自分のやったことが結果で分かるようなベンチャー企業にいきたい

そう思っていた自分からすると、これから会社の基盤を創っていけると感じられる新卒第1期生はとても魅力的でした。

 

しかも私が就職活動を始めた2011年はiphone3Gは発売した年。

これから更にインターネットの時代だと感じるタイミングでしたし、なにより結婚式と携われること

 

また、自分と同じ大学出身の方が大阪営業所を立ち上げたという内容も載っていてこれもご縁かもということを感じたのも一つでした。

 

幸い採用いただけていまは名古屋の所長をやらせていただいています。

 

本日改元があり「令和」となりました。

 

「令和はウエディングパークの時代」となるように私自身努力していくとともに

 

志高いメンバーとともに会社のビジョンを叶えるべく邁進してまいります。