アクタノミヤ

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慧刀春(エトウハジメ)による小説ブログです

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 「伍長ォッ」

 駆け戻ろうとした足元を敵の銃弾が弾け、否応なく回避行動をとらされる。敵は頭上にいた。マイクに怒声を吹き込んだ。

「歩兵だッ。ロイド援護しろ。 敵はランドムーバーを装備している」

 ランドムーバー。旧暦時代ジェットパックと呼ばれたそれが始めて公の場に姿を現したのは、西暦1984年ロスオリンピックの開会式だと言われている。
 当時最新鋭のベル社製低温式ヴァルター機関を採用し、ロケットマンの愛称で華々しくデビューを飾ったが、あまり知られていないことにその滞空時間は僅か30秒足らずであった。それから数世紀を経た現在、連邦ジオン両軍で採用されているこのランドムーバーは重力下仕様が10分、宇宙用ともなれば60分以上の噴射時間が確保されており、例え生身とは言え三次元的な機動力を持った兵士は、地上戦において圧倒的に有利だった。 頭上から狙いすまされれば、私が身を隠したこんな倒木は何の役にも立たない。

「隊長……」

 ピットの呻きがマイクに吹き込まれる。生きていた。だが安堵している暇もない。

「喋るな! 今は死体のフリに徹しろ」

 
 相手にすればこちらは敵陣内。今すぐ反撃の恐れがある私とハウンドの乗員以外にも、いつ増援が来ないとも解らない。やり過ごすこともできたはずの奴が単身攻勢に出たのは、我々が偵察で得た情報の処分が何としても必要だからだ。
 我々が撤退にまごついている今、速やかに駆逐して奴も撤退のタイミングを計らなければ、事態が好転する見込みはない。その事実は逆手にとれば、多少なり相手に焦りを期待できるという事でもあった。
 今はピットに死体を演じさせ、生存率をどうにかして確保することが必要だった。私が奴の立場なら、今動かない者に残弾を割く余裕はない。
 さっきの対ザク戦では秒刻みの作戦性質上、荷物になるだけのライフルは持ってこなかった。私は身を低くしてホルスターから拳銃〈U.N.T. M71A1〉を取り出すが、構えるよりも先に頭上から銃声がした。先ほどより僅かに遠い位置からの一掃射。しかしそれだけで追撃の様子がないことを鑑みるに牽制射だった。敵の狙いは―――

「隊長援護しますッ。敵は――」

「待て、出るなッ! ロイド」

 瞬く間に私の拳銃の間合いを飛び超えたジオン兵は、ハウンドの上部に向けてグレネードを落としていた。

「うわぁッ」

 ロイドがハッチを閉め直すなりハウンドの頭上に爆光が閃く。車体が殴りつけられたように揺れ、大木と一緒に降り積もっていた土砂を一辺に弾き飛ばす。これでもう22mmは使えなくなった。

 鳴り物入りで就任した新部長が先代と同じ愚を犯した。呪いのギターの弦を切り、文化祭失敗の布石を打ったのだ。

 だが一部の部員達は彼女、玖珂角嵐クガツノ アラシを強く擁護し更迭を阻んだ。その対立は部を二分し、嵐を筆頭とする玖珂角九人衆ナインテットと、先代部長及び直臣達で構成された元祖軽音部で、対バンが行われることとなった。舞台は無論文化祭である。

 両軍死力を尽くして自らの音楽をぶつけ合った。驚く事にその舞台での彼らの演奏に大きなミスは一つとしてなく、ばかりか一般来場者を含む観客を総立ちにするほどの大成功をおさめた。

 勝敗は元祖側が次代に勝ちを譲り、沸きたつ舞台上では嵐を除く九人衆全員が彼女に交際を申し込んだ。

「お、お前らみんな兄弟だから!」

 硬派な嵐ははぐらかしたが、全員と付き合う意味に誤解した一部生徒から「八股の嵐ヤマタノアラシ」という不名誉な渾名をつけられた。

 それから部のギターは幸運のレスポールと名を改められている。
 私は高校からギターをしていてね、就職のときに、自分へのプレゼントに買ったのが彼なんだ。

 最初こそ帰ったら必ず練習してたけど、次第に忙しさから続けられなくなって、いつしか彼は家の飾り、インテリアみたいになっていたんだ。

 ある日珍しく早く帰ったら、家を支配するのは妙な音。

 よく聴くとそれは、彼から聴こえてくるじゃないか。

 とりあえず、私は彼に話しかけてみた

 まともに弾いてくれないから、弦が切れかかってるのさ。
 さっさと交換して。前みたいに奏でさせてくれよ。

 すすり泣くような音色が響く家内。
 物に魂が宿る、なんて言葉を初めて実感したね。
 それからすぐ私は弦を交換して、彼を弾いてみたんだ。

 するとどうだろう、久しぶりに音を奏でたのが嬉しかったのか、彼から出てくる、心なしかやさしい音色が家を支配した。

 その時の感動を胸に彼と共に30年。
 だからこそ、この赤い床を歩けていると思う。
 軽音部内はかつてない絶望に包まれていた。新部長が文化祭ライブの成功祈願に呪いのレスポールを試奏しようとしたところ、弦が切れたのだ。縁起が悪いにも程がある。

 練習に悪影響を及ぼしたとして、夏休み明けに部長は更迭された。代わって就任したのは、なんと新学期転校してきたばかりの二年生女子で、名を玖珂角嵐クガツノ アラシと言った。

「演奏中に弦が切れるなんて、ギターに屁をこかれたも同然なんだよ。楽器に舐められてちゃ、そりゃ文化祭のライブが成功するわけないね」

 嵐が上級生にも臆さず毒を吐くのは実力に裏打ちされた自信があるからだ。

 彼女はかつて極東ギタリスト選手権のジュニア部門で優勝し、テレビで天才少女ともて囃されたこともあれば、音楽留学を経てきた帰国子女でもある。

 嵐は自信に満ちた目でレスポールを手にし、部室の男達には俄に緊張が走った。

「見てろ」

 彼女がピックを構えると、すぐさまギターは屁をこいた。
1ヶ月前の雨の日、私は恋人を亡くした。自動車事故だった。

驚きと戸惑いは悲しみに変わり、やりきれぬ怒りを経ていつしか喪失感となった。
そして涙も涸れ果てたある日、私は決断した。

私はスペインへ飛んだ。ハネムーンで行くはずだった国。もう決して叶うことのない夢。
私は違う形でその夢を叶えるつもりだった。

私が訪れたのは、大西洋沿岸の何も無い場所に、ひっそりと佇む一軒の古びた教会だった。私はそこで彼への永遠の愛を誓い、身投げして彼の元へ行くつもりだった。

教会に入ると、一人の老人がいた。彼は誰に聴かせるでもなく、独りギターを弾き続けていた。

その旋律は荒々しく、しかし繊細で、どこか神々しかった。その音色には命が宿っていた。逆境に必死に生きようとする生命の力、それが一本の古びたギターから生み出されていた。

そして、私の頬に一筋の涙が伝った。