努力と徒労と理解と納得
2026.5.5 何かを目指し、努力する事は基本動作として大切である。努力とは、頑張る事とも言える。しかし、必ずしも成功するとは限らない。それがはっきりとわかった時の時間と労力の無駄遣い感は大きい。 目標を立てて行動する事は大切である。それを努力とするか、習慣とするか。習慣とした場合、精神的なアップダウンは少なく、失敗した時の精神的ダメージも少ない。 習慣とは繰り返しである。そこには基本的に感情は入らない。淡々と続けるのである。 また、人から正解を言われた時、それに従うのが最も無駄がないのだが、そこには経験が存在しない。 経験を得ようとするならば、成功にかけてまずやってみる。そして失敗した時にその行動が間違っていたと理解できる。人に言われたのではなく自分が実践して心の汗と労力をかけて挑戦する。それは無駄に思えるが、血肉となる。その結果に納得ができる。 人から言われた通りにする事で、成功すれば問題ないが、上手く行かなかった時に自分の判断に迷いが生じる時がある。その迷いは行動を鈍らせる。それをクリアするには、一度試してみるか大局でモノを捉えるか。 とりあえずやってみるという選択肢は、お金と時間と労力を要する。大局で捉える事は無駄が少ない。賢い人は後者を勧めるだろう。一方不器用な人や頑固な人は、前者を選ぶだろう。答えは無いが、どちらを選ぶにせよ、後悔がなければそれで良い。 理想としては、成功に向けた行動を習慣化し、失敗した時は別の方法を選択し、同時に行動の精度を高める工夫も行う。傍から見れば頑張っていると思われるが、それはシンプルな習慣であり、成功するために必要なアプローチなのだ。