おはようございます。「いじめ」が報道されない日はありません。耐えられずに「自殺」する人まででています。



 今日ご紹介する善巧寺のホームページ には、こんな言葉が書かれています。


 あらゆる人々と、ともに生きている

 これを これを 忘れたもうな



No.428:会えてよかった


昨日、父の「満中陰法要(四十九日)」で聴いた住職の法話をご紹介いたします。




 私の学校時代からの先輩が、富山県善巧寺の住職を務められていました。よくある話ですが、息子さんは、坊主になることを嫌い、「職業選択の自由は、憲法で認められている」・・・なんて、わかったような口をきいていたそうです。


 ところが息子さんは、その先輩住職である父親が癌に侵されていて余命いくばくもないことを知り、考え抜いた末に、あとを継ぐことで、今までの「恩に報いる」ことを決断します。


 高校2年の夏、学校に通い、得度して僧侶になった1ケ月後、先輩(父親)は永眠されました。50歳だったということです。


 病床の家族の前で語った最後の言葉は・・・


 「おまえたちに・・・会えてよかった・・・」


 ・・・というものだったそうです。




 先輩の息子さんがまだ幼いころ、一家で食卓を囲み、食べ始めようとした際、ふいに、こういったそうです。


 「誰が一番おおきいの(年長なの)?」


 数を数えることを覚え始めた時期でもあり、興味があったのでしょう。


 「誰だと思う?」


 「おじいちゃん」


 「次は?」


 「おばあちゃん」



 おとうさん・おかあさん・おねえちゃんときて、自分、そして、おとうとと、全部で7人です。順番が分かったことで満足するかと思えば、同じ質問を何度も繰り返したそうです。


 さすがに、早く食事を始めたいので、先輩(父親)が口を挟もうとしたとき、その息子さんが、みんなの顔をひとりひとり見つめながら、こういったそうです。


 「みんな、生まれてきたんだねぇ・・・」




 先輩(父親)は、言葉が出なかったそうです。こんな小さな息子が、ひとりひとり、家族の目を見つめて、生まれたこと、生きていることを・・・誰一人かけてはいけない家族の一員であることを・・・確認させてくれた・・・。


 言葉につまっていたとき、先輩の奥さん(母親)がこういいました。


 「そうだねぇ・・・みんなに会えてよかったねぇ・・・」





 それから、先輩(父親)は「会えてよかった」をモットーにするようになります。家庭でも、法話でも、「会えてよかった」という気持ちを持つことの大切さを説き続けたというのです。



 実際、誰でも、ひとりやふたり、「会いたくなかった」と思う人がいるかもしれません。ですが、それでも、「あえて」いうのです。「会えてよかった」と。


 人生は、うれしいことや楽しいことばかりではありません。辛いことや悲しいことのほうが多いかもしれません。ですが、人として生まれた以上、人とのかかわりなしでは生きていけません。


 我を通すのではなく、世のため、人のために、生きてこそ、人としての存在意義があるのです。



 「ときに夫婦喧嘩をすることもある。しかしなあ・・・『会えてよかったなあ・・・喧嘩も出来るし・・・』なんていうと、不思議と、お互い気持ちがおさまるもんや・・・」


 笑い話で、こんな話をされたこともありました。





 そんな父親が「仏」となって、自分たち家族を、見守ってくれている。


法律のスキを見つけて悪さをすることも、監視カメラの目を盗むことも、やってやれない話ではない。ですが、いつなんどきも、決して逃れることが出来ない「慈悲の心」で、見守ってくれている。




 「・・・だからこそ、そんな父の思いに応えることができるように、日々精進してまいりたいと思います。人生を全うして、父と再会できたときに、また会えてよかったと、言ってもらえるように・・・」



 高校2年生の息子さんが、喪主のあいさつで話された言葉です。とても坊主になることを嫌がっていたとは思えないほど・・・立派なあいさつでした・・・。





 容態が急変してから、もう「四十九日」・・・。本当にあっという間のような気がします。


 ですが、本当に、父親の死が、いろいろなことを教えてくれました。家族だけでなく、親戚、友人、知人・・・本当に多くの人のおかげで、自分は生きてくることができました。




 「一期一会」ではないですが、「会えてよかった」と言ってもらえるような人でありたいし、生き方をしていきたいと・・・心からそう思いました。




PS.

 みなさんも声に出して言ってみて下さい。



 「会えてよかった!」