は、2024年2月12日。松本人志の『嗤(わら)い』の根源にある
『ハラスメント』は、30年以上にわたり、『茶の間』へ、
広く深く浸透していった。本来、『ハラスメント』と『お笑い』は、
共存してはならないものだ。仮にそれが『人間』誰もが隠し持つ
『潜在的欲求(いじめ)』の一種であったとしても、
それを『開放』し『増幅』させる意義など、
『社会的』にはどこにもないからだ。しかし、
『政治家』達がその流れに歯止めをかけなかったのなら、
それは、単に、その方が、都合が良かったからだ。
『お嗤(わら)いハラスメント』は、
『強権者』が『弱者』を一方的にいじり倒すことで起きる、
極めて『陰湿な嗤(わら)い』だ。その『嗤(わら)い』に
『国民』が依存すればする程、
『社会』は歪(いびつ)になっていくということだ。
現在の『日本社会』など、究極の『国民ハラスメント(いじめ)』
そのものだろう。『世界トップクラスの報酬』が、
『国会議員』に支払われるかたわらで、『一般国民』の給料は、30年間に渡り下がり続けて来た。
『政治家』『専門家』『コメンテーター』しいては、『マスコミ』といった
『社会的・強権者』に『良心』があり、
『弱い立場の人達』を救おうと言う『志(こころざし)』が壊れていなければ、
日本が、これ程の『格差社会』に陥(おちい)る筈がないだろう。
『松本人志・問題』が、どれだけ『社会に悪影響を与えて来たか?』。
に関しては、『ジャニー喜多川・問題』などの比では無い筈だ。
国民のTV離れが進む中、全『TVメディア』は、たとえ、
『一国(いっこく)の良心』を破壊しようとも、
『目先の視聴率』が取れる、『松本のお嗤(わら)いみこし』を担(かつ)ぐ
選択を下したということだ。が、『目先の視聴率』を、30年も追い続ければ、
『他人を嗤(わら)うことに快感を覚える、良心なき者達』が、
『強権者・弱者』を問わず、異常に増殖し続けること位、想定できた筈だ。
現在、『メディアのスピーカー(使い)』達が、『週刊文春』について、
『嘘でも何でも書いて、儲けている(辛坊治郎氏)』。
『文春のスキャンダルを集めているグループがいる(古市憲寿氏)』。
などと、露骨な『批判』、もしくは、『牽制』している姿勢が見て取れる。
が、ともあれ、現在、『歪(いびつ)』に振れ過ぎた『日本社会』に
歯止めをかけ、『浄化』する作業を担(にな)っているのは、
『松本人志』の『お嗤(わら)いみこし』を『30年間』担ぎ続けて来た、
『全TVメディア』などでは毛頭なく、
『週刊文春』という名の『一(いち)紙媒体』である。という話だ。