大学で哲学を学んだ。
それまでの知識や価値観が全て吹き飛んだ。
正しいと信じていたものが、あまりにも陳腐な理屈と筋の通らない論理で補填されている事実を知ったから。
その後卒業して数年が経った。
仕事を人並みに過ごすだけの毎日のなかで感じる、浅はかな思考に支配される人間の多さに辟易とした。
だからと言って面と向かってそれを否定するまでもない。
気づいてしまった。
それを否定することすら無価値に等しいのだと。
自身の信じる正義にカマかけてネットで暴れまわる一種のウイルスのようなものが世界には溢れている。
許せない犯罪者には死刑を下せばいいと思うが、全身全霊をかけて叩く神経と、そしてそれに怯える芸能人と一般人の思考が理解しがたい。
顔の見えない存在で私刑を下し続けるネットの世界と、リアルの世界では本音と建前を駆使して、理不尽な論理に従うことだけが正しいのだと正当化し、それを大人になることだと盲信している人間。
ああ、全てに信念や本質を見るきがこいつらにはないのだと悟った。
どういう時にそれを感じ、そしてそれがどういう時に意味を為すのか。
そんなことを書いていこうと思う。