冷戦の終わらせ方:SDI

今から39年前の1983年、3月23日、ロナルド・レーガン大統領は全国放送向けのテレビ演説を行いました。その中で彼は、相互確実破壊(MSD:Mutual Assured Destruction)という当時の戦争抑止政策から脱却しなければならないと訴えました。MSDとは、ソ連とアメリカの間で核戦争を抑止するため、核攻撃を受けた場合の報復として核兵器で相手国を全滅させることを双方が誓うという政策です。これは、当時のヘンリー・キッシンジャーやランドコーポレーションによって作り上げられた政策ですが、人類を絶滅の危機にさらすことによって戦争を回避するなんて、正にDr.StrangeLove(映画)のようです。しかし、当時はこれが国際政治の基軸だったのです。



前述の放送の中で、レーガンがMSDに取って代わる政策としてラルーシュのSDI(Strategic Defence Initiative)の起用を発表した事は、全国民を驚かせました。SDIとは、どの国の弾道ミサイルであっても、ミサイルが大気圏内に侵入する前に追撃するためのレーザービームやサテライト技術を駆使した防御システムをアメリカとソ連が共同開発し、国際的に共有するというラルーシュが1970年代から構築してきた冷戦を終わらせるための政策でした。つまり、どの国の核爆弾であれ、発射された核爆弾は全て大気圏内に入る前に撃ち落されるのであれば、核爆弾をどれだけ保有していたとしても無意味なわけです。当時、レーガンがこのアイデアに興味をもっていたなんて、ほとんどの人は知りもしなかったでしょう。

レーガンは演説の中で核開発がソ連で著しく進んでおり、それに対抗するためアメリカの科学技術を駆使し「弾道ミサイルがアメリカ又は同盟国の国土に落ちる前に迎撃し、破壊する」防御システムを築き上げ、最終的には核爆弾の脅威から人類を解放することを提案しました。しかし、アメリカだけがそのような技術を開発するのであれば、ソ連にとってそれは脅威でしかないことは明確です。ですからレーガンはラルーシュが提唱したようにこの新しい科学技術をソビエトを共同開発し共有する事を試み、ソビエトとの裏ルートの交渉をリンドン・ラルーシュに委ねたのです。

それからラルーシュと各政府高官との話し合いが進められましたが、ヘンリーキッシンジャーの根回しもあり、最終的にソ連はレーガンの提案を拒否しました。また、ソ連とのテクノロジーの共有やラルーシュの影響力拡大を恐れたイギリスやアメリカの民主・共和両党はラルーシュの政策を阻止する動きを強めていき、ラルーシュに対する不当な控訴を始めました。当時、「Political Hit Man」として第一回目の控訴に関わっていたのは、ほかならぬロバート・モラーです。そう、ドナルド・トランプに対するロシア・ゲートで有名な。

モラーが代表するような「冷戦を続けたい人たち」が「Good Relationship with Russia is a Good Thing!」と言ったトランプ大統領をを袋叩きにし、さらにウクライナのNATO加盟や核保有を押してロシアを脅し続けてきたのです。そして、プーチンは自国の安全を守るために、そのような政策に待ったをかけたのです。ウクライナ攻撃の目的は侵略戦争ではなく、安全保障なのです。

今週の土曜日、ラルーシュ国際運動の一環であるSchiller Instituteがロシアも含め全ての国の安全が保障されるための国際協定に向けたオンライン会議を行います。ぜひご参加ください。