ただいま熱を測ったら、38,2度。

まあまあの熱ですよね?

 

ここに至るまで、今年はおかしいんです。

 

まず前提として、そもそも夏風邪というのはひいたことがなく、

「暑いのに、どうして風邪ひく人いるんだよ?」くらいにしか思っていませんでした。

 

ところが、7月中旬に多分人生初めての夏風邪を引く。

 

のどの痛みや鼻づまりは順調にそれなりに治ったけど、どうにも咳が抜けない。

もうずっとウンザリするほど抜けない。

 

薬は毒だと思っているので、医者にはなるたけ行きたくないのですが、3週間くらいゲホゲホと

治らない状態が続き、いつまで続くんだよ?となって

やむなく近所の内科医へ。

 

そこで言われたのは、一種の喘息であると。

 

実は自分は子供の頃から小児喘息に苦しんではいたのですが、いつしか改善し、

いまでも定期的な通院こそしてはいるものの、いわゆる発作というのは大人になってからは

起きたことが無く、普段は自分が喘息であるということを忘れているような状態でした。

 

それが、今更喘息?と。

 

それでもそこでもらった咳止めと喘息の吸入器(ステロイドなので基本使用したくはないのですが)をやったら

劇的に良くなるのか、と思いきや、薬をやっても、さして改善しない。

でも薬なしだともっと咳き込みがひどいと。

 

そんなことでかれこれ風邪をひいてから1か月ちょっと経とうか、という8月も後半になって、

ようやくそれなりに収まってきましたと。

 

それが、ですよ。

 

一昨日夕食に入ったお店で近くに喫煙者がいたのがきっかけで、また咳がちに。

そして昨日になると、つい最近経験したばかりの、喉の痛みと普段(慢性鼻炎です)と桁違いの鼻づまり。

 

つまり典型的な風邪の症状。。。

 

今日に至っては、なんかだるいなーということで熱を測って冒頭のくだりとなります。

 

しかも変なのは、ずっと子供の頃からお世話になっている喘息の専門病院に行って症状を説明すると、

今年は、自分のようにずっと症状が改善してきた人の再発が多いと。

 

つまり自分のような人が一人じゃないどころか、結構いるというんです。

 

つまりは類型的にそういう症状の患者が出てきている傾向にあるということでしょ?

 

ここからは医者が口が裂けても言わないだろうし、想像する力さえない者がほとんでしょうけど、

今年は2016年。

あれから5年か、と思います。

 

自分のように体に弱点を抱えた者が、そこになんらかの症状が現れる、というのは怖いですが必然なのかもしれません。

 

 

何十年ぶりに味わう咳の苦しさに、あまりいい話ではないのでアレなんですけど、

自分は呼吸不全とか呼吸困難という感じで死ぬだろうな、と思わずにはいられませんです。

 

ま、誰だった死ぬまで生きるだけだから、そのことに微塵も変わりはないっちゃないんですけどね。

オリンピックの錦織対ナダル戦。

一部は生中継を見ていましたが、全部は無理でしたので、録画しておいたのを見始めました。
おそらく永久保存版としてハードディスクに残すと思います。

その冒頭部分で、アナウンサーが「ナダル対策として、レフティーの古庄コーチにサーブを
打ってもらっていました。」と。

古庄コーチ?

テニスで古庄さんといえば、古庄大二郎さんしか思い浮かびません。

ブラジルからやってきた日系人で、デ杯などで主にダブルスで活躍された方、というのが
私の薄い認識です。

その後どうされたのか、日本にいらっしゃるのか、ブラジルに帰られたのか?

とにかく久々にお名前を聞きました。

ウィキペディアなどを調べる限り、日本にいらっしゃるみたいですね。
オリンピックの委員をなさっていたみたいです。
なるほど、日系ブラジル人だったのだから、適任ですよね。

普段ナショナルチームのコーチなのかはわかりませんが。
ジュニアの指導などをしている動画がツベに何本かありました。

オリンピックの錦織戦で、日本陣営が画面で抜かれる時に、自分にわかるのは、
福井さん、植田監督、高田さん、中尾トレーナー、土橋さん、くらいだったのですが、
改めて見ると、古庄さんもこの中におられたのかもしれません。

じろじろ見てみよう。

で、この古庄さんとど素人の自分との間にはなんの接点もありゃしないのですが、

強いて言えば、今はわからないけれども、ストリンガーが同じ方かもしれません。

自分にとっては自慢のストリンガーさんで、業界の有名人ですが、
たまたま自分の大学の体育会テニス部の張りを昔からやってくださっていたようで、
そのおかげで自分もそれ以来ずっと張ってもらっています。

彼が昔、古庄さんが来日された際、なんのラケットを使用するか、相談されて一緒に決めたそうです。

それがヨネックスのR-50で、私が今まで使用した中でもっとも扱いにくいラケットでした。
多分その話から派生したんだと思う。


という、あれです、殆どの方がわからないし、オチもない話でした。

マニアックで申し訳ない。

Twitterでは字数的に無理なので、こちらで。



そういえば、こないだ張りにお店に行った時、錦織選手のお父さんから発注きてると
言っていました。
本人の張りは、彼がお店を基本出ないので、無理だと思いますが、お父さんのはやってるのかもしれません。

お父さんは島根の人だからわざわざ、と思うけど、なかなか腕の立つストリンガーさんはいませんから、他の都道府県からお客さんが来るというのは日常茶飯事みたいです。

最近は衰えてきた、とか言ってて、跡取りもいないので、本当に困ります。

紹介してほしい人はご一報をw。
お店は神保町です。
2~3年前だったか、夜中にふとつけたテレビでやっていたドキュメント「ふたりの桃源郷」
を見て、ものすごく感動してずっとそれが心にありつづけましたが、
実は20年以上も、とある老夫婦を追ったドキュメントであることを知らずに見たその回は、
たしかその集大成の最終回でありました。

当時の感動もブログのどこかにしたためております。


で、そのふたりの桃源郷がこの度映画になったとのことで、是非とも行かねばと。

この素晴らしい作品を自分しか知らないのはもったいない、と家族に紹介するために検索したら、
予告動画が出てきまして、そのわずか1分半ほどの動画を見ただけで、不覚にも号泣してしまいました。


そんなわけで、一人でひっそりと見に行きました。

ここで今更、どういう映画か、と説明する意思も能力も私にはありませんので、パンフレットにある文を写したいと思います。

「心は山にありました。
最期まで山で
最期までふたりで
ある夫婦と支える家族、
25年を記録した
ドキュメンタリー映画」

です、はい。


もう感じたことが多すぎて、うまくまとめられないから、今回新たに感じたことを中心に
手短に、備忘録的に記しておこうかとおもいます。


まず思ったのは、このお二人を見ていると、いかに死ぬか、ということと、いかに生きるか、
ということは同じ意味なんだな、ということです。
観念的な話になりますが、ということは、生きるということと死ぬということは表裏一体であって、同じことを別の側面から照らしたに過ぎないのかもしれないな、と。

人間、上り坂の時はいいですよ。
ドンドンできることが増えていく。
でも、殆どの人は20歳位をピークに下り坂。
そこからは、緩やかに死に向かっていくわけであって、できることは老化と共に減っていくわけです。
お二人もドンドン老けていき、ドンドンこれまでできていたことができなくなります。
自分の力で立つこともままならなくなったにもかかわらず、それでも畑の草をむしり続けるおじいさんを見たときに、
自分が今後どう生きていくべきなのか、一つの指針を見た気がしました。

このお二人の夫婦愛はものすごいです。
決してベタベタとかそんなんじゃなくて、淡々と自然体なんですが、これが究極に高次元の夫婦愛の、一つの形であることは間違いないだろうな、と感じます。
なぜならば、私は「愛」の定義を教わっていまして、その定義をお二人が体現されていたからです。
もちろん、答えというか、愛の定義なんてものは各自が自由に決めればいいことであって、それが絶対というわけではありませんが、私は聞いたとき、すんなりとそういうことなんだな、と納得いったからなんです。
哲学的、スピ的なそれを私は聞いたわけです。それは・・・

「愛とは分離感の無いこと」なのだそうです。

子供は目に入れても痛くない、なんてのはそういうことを言おうとしているのかなと思います。

で、話をお二人に戻すと、お二人には分離感がありません。
もともと呼吸器系があまり強くないおじいさんは、晩年呼吸器系の病気やらその他の病気やらで
苦しみます。
晩年はいつも息苦しそうで、しゃべりづらそうでしたね。
そんなおじいさんが1月半ほど入院されて、出てきた時、もう早く走ることはできないけれど、
駆け寄るように、吸い寄せられるようにおじいさんの元へ泣きながらおばあさんは近寄るんですけど、
分離感のない二人は二人で一人なんだから、ある意味とても自然なんですよね。



私が今回新たに解釈したのは、そんなお二人にもやがて別れはくるわけで、先におじいさんがなくなります。
するとその頃からおばあさんは痴ほうがひどくなっていき、間もなくおじいさんが亡くなったことを
すっかり忘れて、「おじいさんどこにいったんじゃろ?」「なんで一緒に来んかったんじゃろか?」
というような言葉となって表れるわけなんです。
もちろん、これは加齢による自然現象だと言えばそれまでですが、おばあさんはおじいさんと離れないために、
つまり愛があるから、痴ほうになっていくことによっておじいさんとの
分離感の無さを保った、そういう愛の形を貫いたんじゃないかな、って思ったんです。

これがまず一つ。



もう一つあります。
ここで、私は一番の名シーンとして涙してしまうのは、おじいさんがいない(本当は亡くなっている)のおかしいな、と納得いかないおばあさんが、
山に向かって「おじーさーん!!」って呼びかけるんですね。
これはどんな美声にもまさる美しさで毎回感涙してしまうのですが、前回このシーンをテレビで
見たときは、当然おじいさんからの返事はないと。
だってもう亡くなっているんだもの、くらいにしか思っていませんでしたが。。。


あれから何年か経って、自分の人生観やら死生観やらも随分と変わりまして、今日は私おじいさんからの返事が聞こえました。
山を愛した二人です。
おばあさんが山に向かっておじいさんを呼んだ時、山からは風が木々の葉をゆらす音だったり、鳥の声や虫の声なんかが、ちゃんと聞こえていたんです。
きれいごとに聞こえてしまうかもしれませんが、私は今回それがおじいさんからの「おーい、わしはここにいるよー。」
っていう、穏やかにおばあさんを包み込む、そんな返事に聞こえまして、
そうか、おじいさんはちゃんと返事をしていたんだな、と思いました。


もうこれで一杯。今日はこれまで。
この映画、お勧めです。
事実かなりの評判のようで、上映期間延長が決定したようですYO。
川沿いに桜が咲く公園を、自転車で走っていました。
今日のことです。

地面には花びらの絨毯がいっぱい。

これはこれでキレイだな、と思っていると、目の前を車いすに乗ったおばあちゃんが通りました。
ゆっくりゆっくり、というよりはモタモタと。

よろよろとその車いすを押していたのは、ダンナさんと思しきおじいさん。

お二人とも90歳くらいに見えました。

二人で桜をみたくて、あるいはおじいさんが、おばあさんに桜を見せたくて、そんなことであったか、
周りからみるとよぼよぼとしたお二人だったのですが、私はそのお二人を見て、
桜よりも美しい、とおもって見とれてしまいました。

桜の木の下で、お二人の顔色もほんのり桜色に見えました。


その美しさに心をひかれ、本日も桜を撮ろう、ということで、バッグからスマホを取り出しました。


しばらくして、スマホを取り出した時に、バッグの口を開けたままなのに気づき慌てて閉めました。


この時は、このことをさして深刻には考えていませんでした。

またしばらく、きれいね、などと思いながら走りまして、「そうだ、トイレに行こう」と。

その後、すっきりしたからか、なぜかカバンの中身が気になって、一応財布などを確認すると












ない・・・・・。

ないないない!


生まれて初めて財布をなくしました。

来た道を戻りました。

もうおじいさんたちはいませんでしたし、わたしの財布もどこにもいませんでした。



仕方なく私は近所の警察署に泣きながら駆け込みました。

身柄を拘束された被疑者的な人が入ってきたりしますから、さすがはサツ。

そんなこと言ってる場合じゃない。

書き方の要領がなかなかつかめない用紙に記入し、結構なこと待たされました。


「見つかりましたよ」の声。

久しぶりに日本がよい国だと思いました。

考えられる財布の運命は3つでした。

善人に拾われるか、悪人に拾われるか、そのまま道のどこかに落ちて未だに誰にも拾われてないか。



善人に拾っていただけました。

本当にありがとうございます。

お礼を直接言いたかったのですが、先方(女性とのこと)が個人情報保護の観点から、特に連絡先を私に教えなくてよいです、とのことでしたので。



相変わらず、人生とこのブログの行き先は全くわかりません。