ワールドメイト深見東州半田晴久)先生の秘書を10年間つとめたスタッフさんが体験した実話の手記を紹介します。

今は、深見東州先生に秘書の方はおられないようですが、深見東州先生が還暦になられる以前は、秘書の方が大勢いて、三交代で業務をされていたといいます。


深見東州先生の世界に認められる神道理解

「皇室の守り刀」とまで言われた、神道界の重鎮・小泉大志命先生も、深見東州(半田晴久)先生の著作をすべて読んでおられたそうです。

中でも、『大除霊』を読んだ時には、

「皇室神道に伝わる、伊勢神道の最奥秘伝を、どうしてこの方は、いとも簡単に解説し、深くご存じなのか」

と、心底驚かれたそうです。

だからこそ、亡くなる前に、一目深見東州先生にお会いしたいとおっしゃり、藤波孝生元官房長官に遺言を残したのです。


ワールドメイト元秘書の手記・深見東州(半田晴久)先生と小泉大志命先生1
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ワールドメイト元秘書の手記・深見東州(半田晴久)先生と小泉大志命先生4


ワールドメイト深見東州半田晴久)先生の秘書を10年間つとめたスタッフさんが体験した実話の手記を紹介します。

今は、深見東州先生に秘書の方はおられないようですが、深見東州先生が還暦になられる以前は、秘書の方が大勢いて、三交代で業務をされていたといいます。


霊能者や占い師の種本とされる深見東州先生の著書

深見東州(半田晴久)先生が、1986年に扶桑社から『強運』『恋の守護霊』『大金運』の3冊。

87年に廣済堂から『大天運』、角川書店から『大創運』を出版。

その後も、角川書店から『大除霊』、学研から『神社で奇跡の開運』…と、深い内容の著作を、次々と出版されました。

どの本にも、初公開の霊界事実が山ほど盛り込まれており、多くの霊能者が、度肝を抜かれたのです。

そして、『大金運』『恋の守護霊』の2冊が、角川文庫から出版されたのです。

それで、それ以後の霊能者が占い師の本は、全て深見東州先生の本を種本にし、ヒントにしていると言われ、多くの宗教団体の教祖も例外ではありません。


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今は、深見東州先生に秘書の方はおられないようですが、深見東州先生が還暦になられる以前は、秘書の方が大勢いて、三交代で業務をされていたといいます。


霊能者がテキストにする深見東州先生の著作

深見東州(半田晴久)先生の著書は、平成19年7月現在で220冊以上の著作があります。

例えば、深見東州(半田晴久)が34歳で書かれた、初めての著作『神界からの神通力』。

これは、1985年12月、日本文芸社から発刊されました。以来、売れ続けている、驚異のロングセラー・ベストセラーなのです。

この本は、深見東州先生にとっては、霊界のほんの基礎を明かしたものでした。

ところが、巷の霊能者たちにとっては、衝撃的な本だったのです。

それまで、誰にも解き明かしたことのない、「霊の巨大化理論」「霊の合体化理論」「霊の化身理論」「霊界基本法則」などを、正しく公開した、世界初の本だったからです。

そしてこの本と、翌年出された日本文芸社刊の『神霊界』は、真言密教の行者など、プロの霊能者たちが、こっそりテキストに使う本となったのです。

(これは、実際に入会した真言僧や行者さんが、教えてくれた話です)

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深見東州先生の神道関連の著書

シンポジウムにおける深見東州(半田晴久)先生の講演録は、以下の7冊にまとめられています。

◎『神道の祭り』

◎『皇室と伊勢神宮』

(以上2冊はたちばな出版刊)


◎国際シンポジウム「京都議定書・環境と神道」

◎国際シンポジウム「神道と能楽」

◎神道セミナー「国家神道を検証する ~日本・アジア・欧米から~」

◎神道セミナー「健康と冷静 ~神道の立場をさぐる~」

◎神道セミナー「日本の近現代に見る神道ー教団の形成と新宗教の変遷」

(以上5冊は神道国際学会刊)



深見東州(半田晴久)先生が、パネリストやコメンテーターなどで発言されてる討論は、以下の6冊に収録されています。

◎国際シンポジウム「神道ーその普遍性」

◎国際シンポジウム「21世紀の宗教増ー世界強制の探求-」

◎神道セミナー「神道の過去、現在、未来」

◎神道セミナー「神道と外来宗教の出会いー日本における宗教変容のかたち」

◎座談会「環太平洋地域における神道研究に関する情報交換」

◎円卓討論会「神道研究のグローバル化へ向かって」

(以上6冊は神道国際学会刊)


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深見東州先生の世界に認められる神道理解

深見東州(半田晴久)先生の討論の論理性や広範な知識、また深い理解力やユニークな提言に着目した、杭州大学(当時)教授の王勇教授は、深見東州(半田晴久)先生に懇願して、杭州大学大学院日本文化研究所の、客員教授に就任依頼されたのです。1998年のことです。

杭州大学は、その後浙江大学に吸収合併され、中国で3番目のランクの浙江大学大学院日本文化研究所となり、深見東州(半田晴久)先生はずっとそこの客員教授をされ、「日本神話と日本的経営」「能『藤』にみる日本的神仏習合の芸術観」等のテーマで、定期的に講演されたのです。

深見東州(半田晴久)は、客員教授として定期講演される傍ら、この大学の博士課程に入学され、6年かけて博士号を取得されたのです。

以前ご紹介した通り、学科の平均点は89点、論文はAランクのトップでした。

深見東州(半田晴久)先生が、神道と日本経済について書いた英語本『Understanding Japan』は、米国コロンビア大学の宗教学部の神道講座で、テキストに使われています。

深い神道理解があるからこそ、深見東州先生は海外の人たちに、日本文化の中心精神を、正しく伝えることができるのです。



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神道理解の広さが深さが半端でありません

深見東州(半田晴久)先生は、神道神学の大成者であり、

國學院大學の学長であった故・上田賢治教授に、

直接の手ほどきを受け、

正当な神道を深く学ばれています。


1年間、上田先生の授業も受けたのです。


また平成10年に、國學院大學大学院の園田実稔教授(京都大学名誉教授でもある)や、

故・阿部美哉教授の聴講生として、いっそう深く勉強されています。


さらに、國學院の神道課のほとんどのテキストの専門書は、読破しておられます。それも、20代の頃にです。


だから、これまで十数回にわたり、神道に関する国際シンポジウムに出席し、神道についての講演や討論をされてるのです。

時には、英語でも講義されます。


討論する相手は、官幣大社の宮司さんや、皇學館大学や國學院大學の教授、また国内外の大学教授の神道学者たちなど、神道の専門家ばかり。ハンパな神道理解では、とてもとても何も言えずに、縮こまってしまうのが関の山です。


ところが、深見東州(半田晴久)先生は居並ぶ専門家たちの前で、神道について講演する実力をお持ちです。

学者と一緒に討論しても、「なるほど!」と皆を納得させる、抜群の論理性や知識、また知的ユーモアをお持ちです。

だから、いつも聴衆は、深見東州先生の講演が一番良かったと言うのです。

(深見東州先生は、大学生の頃から、英語のディベートやディスカッション、パブリックスピーチのエキスパートでした。

そこから、さらに専門知識や学術討論の技術を磨き、研鑽されて来たのです。




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今は、深見東州先生に秘書の方はおられないようですが、深見東州先生が還暦になられる以前は、秘書の方が大勢いて、三交代で業務をされていたといいます。


激務のかたわら、大学院で学び論文を書き、2つのPh.DとMAを取得

深見東州(半田晴久)先生はあれだけの激務のかたわら、海外の国公立大学の大学院に入り、論文を提出して、修士号や博士号を取得しています。

お金を出して、政治力を使い「名誉博士号」を100も200ももらってる人もいるようですが、実際に論文を書き、口頭試問にもパスして、実力で博士号を2つも取得した教祖を、私は深見東州(半田晴久)先生以外に知りません。

「人間は、真(学問)・善(福祉や宗教)・美(芸術)の三局面で御魂を磨いていくものだ」と深見東州(半田晴久)先生はよくおっしゃいます。

その実践として、深見東州(半田晴久)先生はいくつになっても学び続け、多忙の中でも研鑽し、博士号を2つ取得するまでになっています。

深見東州(半田晴久)先生は、有名私大(同志社大経済学部卒)の学士号、オーストラリア州立大学の修士号、中国NO,1国立大学の博士号、中国NO.3国立大学の博士号の二つを取得しておられるのです。

世界中の霊能者、世界中の宗教家、世界中の教祖と比較しても、「学歴」「学力」「知力」「知識」「頭脳」は圧倒的に世界一と言えるものです。


ちなみに、深見東州(半田晴久)先生が取得された、博士号・修士号・学士号などは、以下の通りです。(2012年5月現在)

◎中国国立精華大学美術学院美術額学科博士課程を修了。
論文「芸術市場の流通の変遷における日中美術品から見た芸術と市場の関係」により、文学博士(Ph.D)。
主席の卒業であり、論文はAランク、学科の平均点は85.4点でした。

◎中国国立浙江大学大学院中文学部博士課程を修了。
論文「日宋僧の研究」により文学博士(Ph.D)となられました。
主席の卒業であり、論文はAランク、学科の平均点は89点でした。

◎西オーストラリア州立エディスコーエン大学芸術学部大学院修了。
論文「Living Artist」により、創造芸術学修士(MA)となられました。

◎同志社大学経済学部を修了、経済学学士となられました。
専攻ゼミ「国際金融論」

◎武蔵野音楽大学特修科終了。
(東京音大や桐朋音大の研究科と同じで、実技と面接だけですが、レベルは大学院と同じもの。ただ、論文もなく、修士号もないので、深見東州(半田晴久)先生はその後、オーストラリアに二大パフォーミングアーツの大学院に入学し、そこで論文を仕上げ、実技レベルを認められ、修士号を取られたのです。)


ワールドメイト深見東州半田晴久)先生の秘書を10年間つとめたスタッフさんが体験した実話の手記を紹介します。

今は、深見東州先生に秘書の方はおられないようですが、深見東州先生が還暦になられる以前は、秘書の方が大勢いて、三交代で業務をされていたといいます。


世界の紛争解決に寄与する宗教対話団体のボードメンバーに2

深見東州(半田晴久)先生は、WFDD(世界宗教対話開発)という、宗教協力団体のボードメンバーになって、元カンタベリー郷や世界銀行の副頭取など、世界の著名人と一緒に、貧困解決や宗教対話を行っておられます。

しかし、WFDDだけでは、特にアジアの宗教紛争への働きかけに、限界があります。

それで深見東州(半田晴久)先生は、自らAFDDを立ち上げ、アジアの宗教紛争解決に、力を注いでおられるのです。

また、ダボス会議で有名なWEF(世界経済フォーラム)のような、アジアの未来をよくする、アジア・エコノミック・フォーラムを設立し、深見東州(半田晴久)が設立チェアマンとなって、2004年から活発に活動を行ってます。

また、日本人で初めて、英国王立盲人協会(RNIB)という、英国最古、最大の福祉団体の副総裁となり、エリザベス女王に二度も謁見しておられます。

こうした活動は別に、深見東州(半田晴久)先生やワールドメイトの布教に、何ら役立つものではありません。

しかし、そんなことよりも、深見東州(半田晴久)先生は人類全体がどうしたら幸せになるか。貧しき人々やハンデある人を、どうしたら救えるか。日本国を、どう繁栄させるのか。いつもいつも、そのことを考え続け、祈り続けておられます。

だからこそ、こういうグローバルな活動に協力し、率先して実行しておられるのです。


ワールドメイト深見東州半田晴久)先生の秘書を10年間つとめたスタッフさんが体験した実話の手記を紹介します。

今は、深見東州先生に秘書の方はおられないようですが、深見東州先生が還暦になられる以前は、秘書の方が大勢いて、三交代で業務をされていたといいます。


世界の紛争解決に寄与する宗教対話団体のボードメンバーに

深見東州(半田晴久)先生が世界で行っておられる活動は、福祉活動に限りません。

たとえば、AFDD(アジア宗教対話開発機構)という団体を作り、深見東州(半田晴久)先生が設立の会長を務めておられます。

また、WFDD(世界宗教対話開発)という、宗教協力団体のボードメンバーになって、元カンタベリー郷や世界銀行の副頭取など、世界の著名人と一緒に、貧困解決や宗教対話を行っておられます。

結局、世界でおこる紛争のほとんどは、宗教対立や、宗教に根ざす文化対立が原因なのです。

そのことを、世界の人々は痛感しています。

それで、WFDDという、宗教間の対話をはかる団体が欧米に出来ました。

深見東州(半田晴久)先生は、日本人として初めて、そのボードメンバーになることを請われ、活動されてるのです。


ワールドメイト深見東州半田晴久)先生の秘書を10年間つとめたスタッフさんが体験した実話の手記を紹介します。

今は、深見東州先生に秘書の方はおられないようですが、深見東州先生が還暦になられる以前は、秘書の方が大勢いて、三交代で業務をされていたといいます。


深見東州(半田晴久)先生がカンボジアに無料救急病院の建設を3

カンボジアにおける活動が評価され、カンボジアのシアヌーク国王は、深見東州(半田晴久)先生に外国人に与える最高勲章「コマンドール勲章」を授与されました。

また、2006年より、ポルポト派に虐殺された人々の、遺族を救う活動を始めています。

それがあまりにも素晴らしく、画期的な救済事業だったので、フンセン首相から、福祉分野の最高勲章「モニサラポン・テポドン勲章」が授与されました。

それから、「ワールドメイト 未来の光孤児院」を運営し、毎年300人の孤児の養育と教育に携わっておられます。深見東州先生は、孤児院の会長を務めておられます。

その他、カンボジアの未来のために、優秀な人材を育てるカンボジア大学の総長となり、多くのスカラシップやプロジェクトを実行し、政治学部の教授もしておられます。

このように、世界の最貧国に出かけていって、ゼロから病院を建て、すべて無料で貧しき人々を救い、それを15年以上も続けている宗教団体は、ワールドメイトだけだと思います。

そのすべてを発案し、率先して実行してきたのが、深見東州先生なのです。



(続く)