黄霊芝 という作家・俳人が台湾に居るという。
この名を聞いたことがあるようでもあり、
そのような薬草があったのだったかとも思える。
彼によると、クロツラヘラサギ は、クロツラヘラサギであるがゆえに
クロツラヘラサギ語を使っているまでなのだという。
クロツラヘラサギとはサギの一種だろうことが推察され、
黒い顔でヘラ状の水掻きでも有するのだろうか。
シベリアから台湾に飛んでくるのはいつごろか帰っていくのは春先だろうか。
黄霊芝さんは、日本語で小説・文学をしてきた。
大日本帝國が台湾で日本語学校を開く前は中国福建省の言葉が台湾の標準語だったようだ。
日本語学校に学び17歳のとき国民党が台湾にきたら北京語になり、その聞き取りがまったくできないものになった。
そのほか台湾にはネイティヴの言語があった。高砂族語は有名なよう、ほかにも各部俗語があったので賞ねえ。
そういう言語の多様性の中で台湾人黄霊芝が何ゆえに日本語で書くのかといえば、
バイリンガルとして根付いてしまった日本語を捨てることができなかったというまでなのでしょう。
日本人として日本語を使うわれわれ日本人は、日本語を使うことを選び取ったのでもなく、
考えることもなく日本語している。そのことは、国際的に見るとかなっらず誌も尋常であるのではない。
黄霊芝さんにとって、日本人ではないが日本語は自分の言葉になった。
いわば、日本語人は、日本人とは別にあるコンセプトであることになる。
以上、そのようなテーマのエッセイを
私は”出版ダイジェスト”2006年10月21日 で読んだ。
津島佑子 クロツラヘラサギの言葉-黄霊芝著「台湾俳句歳時記」
ところで、日本人でなければ、英語圏ならば英語圏の中で自由にではないが
留学なり、居住なりが割りと多い出来事になっているのかどうか、歴史的にも。
日本人なんかは 日本の中で生活して終わることは普通であるだろうことは、
日本語のなせる業なのかとも思ったりするのであった、戦後歴史的にも。