もうそろそろ10時だ。

マルタ達のゲストハウスに行ってみた。

ノックをした。やっぱりまだ寝ていた。

マルタは眠たそうな目を擦って「Good morning」って挨拶してきてくれた。

ルーベンは体調が悪かった。朝早起きして朝陽を見ようとしたのがこたえたみたい。

マルタは夕方まで寝かせとくって俺に伝えた。この時俺はすでにプシュカールに一緒に行くことに決めていた。

実は昨日の夜のレストランで決めた。

ルーベンを出発までゆっくり休ませてあげることにしたみたいだ。

彼女はちょっと待っててと言い、服を着替え、ゲストハウスの屋上に上がった。


タージの記念撮影をマルタはしたかった。

うちらは何枚も撮った。何度も何度も失敗した。

指を指して、まるでポストカードのように仕上げたかった。

うまくいかない、何回も「もう一回」って言い、マルタベストショットを撮った。

「うちらの証」
遠藤大吾の世界一周。-taj
ああ、残念
遠藤大吾の世界一周。-taj

よっしゃー、BINGO!


うちらはそんなことをしているとお腹すいたねと言い、

昨日と同じレストランにいった。この日の夕方も行った。計3回。

そこで俺とマルタはタージに入るか入らないか話し合った。

「ダイゴはどうしたいの?」「俺は行きたいかな」と言い、マルタもそうしようと言い、

ルーベンには悪いがマルタとタージマハルにデートしに行った。

もともとマルタはどっちかと言えば行きたい感じだった。


チケット(1500ルピー)を買い、ついに世界最大のお墓に南門からうちらは進入した。


遠藤大吾の世界一周。-mahal
南門からデートの始まり
遠藤大吾の世界一周。-mahal
周りなんて気にしないで生きられたら

自信なんていうものは自分の中にあるはずだ
遠藤大吾の世界一周。-mahal
俺の目にうつるカラーの現実
遠藤大吾の世界一周。-mahal
幾度も時は重なってきた
遠藤大吾の世界一周。-mahal
いつかの今が歴史を生み出した
遠藤大吾の世界一周。-mahal
tajmahal
遠藤大吾の世界一周。-mahal
I`m sorry ruben. This is only now.
遠藤大吾の世界一周。-mahal
we got
遠藤大吾の世界一周。-mahal
一人のために

みんなのためにではなく

あなたのためだけに自分の情熱を捧げたい
遠藤大吾の世界一周。-mahal
人がいると怖くなる

見えていると手にはできない

人がいるから嬉しくなる
遠藤大吾の世界一周。-mahal
人がいないと寂しくなる

消えてしまうと見えてくる

手に入らないと求めたくなる
遠藤大吾の世界一周。-mahal
写真には写らない裏側の世界
遠藤大吾の世界一周。-mahal
世紀は時を刻み、進化と共に退化を連れてくる
遠藤大吾の世界一周。-mahal
大きなものが見える時

僕らは小ささを大切に感じ始める
遠藤大吾の世界一周。-mahal
インド人ではなく、

バングラデッシュのお嬢様、お坊ちゃま
遠藤大吾の世界一周。-mahal
俺の怪しい行動をマルタは撮っていた
遠藤大吾の世界一周。-mahal
視点は誰しもが持っている
遠藤大吾の世界一周。-mahal
撮りたい写真、

撮りたくなかった写真。

どっちがいいのか。
遠藤大吾の世界一周。-mahal
ハイカースト、インド人旅行客

ムンバイからでも来たのだろう
遠藤大吾の世界一周。-mahal
牛まで綺麗に整っている

人間のせいで犠牲になったものは

数え切れない程起こっていく
遠藤大吾の世界一周。-mahal
いつもここには人の足音がついた
遠藤大吾の世界一周。-mahal
リスは何も知らない

写真に撮られようが、何も知らないまま。

彼はリスの写真を撮らせる調教師

「Give me money」

遠藤大吾の世界一周。-mahal
いつも誰かの手によって支えられている
遠藤大吾の世界一周。-mahal

ここは彼の収入元

遠藤大吾の世界一周。-mahal
次の観光客がご来店
遠藤大吾の世界一周。-mahal

good bye


俺らは3時間近くのデートを存分に楽しみ帰ってきた。


※Taj Mahal

インド北部アーグラーにある総大理石造の基廟建築。

1632年着工、1653年竣工。1983年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。

ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、ペルシャやアラブ、果てはヨーロッパから2万人もの職人を集め、22年の歳月をかけて、彼が愛妃ムムターズ・マハルの死(1630年)を悼んで建設した霊廟である。


タージ・マハルを造るための建材は、インド中から1,000頭以上もの象で運ばれてきたといわれ、大理石はラージャスターン地方産であるといわれている。その他、碧玉はパンジャーブ地方から、翡翠は遠く中国から、トルコ石はチベットから、ラピス・ラズリはアフガニスタンから、サファイアはスリランカから、カーネリアン(紅玉髄)はアラビアから持ち寄られたものだという。全体で28種類もの宝石・鉱石がはめ込まれていた。