11時頃ブッタガヤに戻ってきた。
10日間のメディケーションをおえ、ここにはまとめられない、整理がつかない、10日間のピッパサーナ瞑想。でも、今の僕なりにここにまとめる。16日から始まり、今日は27日。11日間いたことになる。人と目をあわすことも、人と話すことも禁じられた10日間。本を読むことも音をだすことも禁じられる。毎日同じものを食し、同じ時間に起床し、同じ時間に就寝する毎日。朝は4時に起床し、4時半からの瞑想。そして、21時には就寝。
4:30 瞑想 グループ
6:30 昼食 主にパン
8:00 瞑想
9:00 瞑想 グループ
11:00 昼食
13:00 瞑想
14:30 瞑想 グループ
15:30 講話
17:00 夕食
18:00 瞑想 グループ
19:00 講話
21:00 就寝
およそ17時間起きていることになる。休憩は4時間半。講話を聴く時間は3時間半。あとは9時間近くは瞑想。毎日その繰りかえし。誰とも話さず。自分と話。余計なものがたくさん現れ、去っていく。
頭のてっぺんから足のつま先を客観的に観察し、感覚をみつけ、それが今起きていると認識すること。
「すべてはうまれ、すべてはきえていく。」
瞑想はダマホールというとこで行われ、一人でするときはパコーダホールにいく。100ヘイホーメートルの敷地を毎日行ききする日々。僕にはいらないものがたくさんあって心にいろんな不純物がついている。瞑想中も他人の声がきこえてくる、というより自分の人の目を気にする声が像となって現れてくる。昔のこと、これからのこと、自分をうまくみせようとする欲、その戦いだった気がする。いや、それとの戦いだ。過去の出来事にとらわれ未来のことを創造していく自分。そんな心との戦いだった。
26日に禁じていたことがとかれた、僕はなんだか皆が一斉に話し始めたのを聞き、そこから逃げ去っていった。英語もヒンドュー語を話せないこともあるがなんだかわからないが人と話すことが怖くなった。不思議で仕方なかった。自分はどんな言葉を発するのか、わからず。40分近く誰とも話さず、僕は一人部屋に戻った。なんていって言いか今でもわからない。夕食を食べてからは序所に話始めた。人の声を聞くことに対して怯えていたのかもしれない。わからない。このまましゃべれなくなるのかもしれないと思ったくらいだ。喋り始めるとブラジル人がいたり、オーストリア人がいたり、イギリス人がいたり、デンマーク人がいたり、オランダ人がいたりとほんとに様々なところからきていた。インド人もたくさんいて、男は40人くらい。女もそのくらい。ちなみに10日間は男と女は違うエリアで過ごす。でも、瞑想する場所は一緒だ。そして、今日ざわめく街に戻ってきた。僕は1時間以上もの時間何をしていいかわからくてボーっとしていた。とにかくわからない。自分の感情が人と触れることでどうなるかわからなくて怖くなって怯えてた。まるで人にみすてられた猫みたい。この10日間のことを少しずつ、少しずつ自分の中に沈めて生きたい。
今日はピッパサーナーで一緒だったJYとアレックスとデンマーク人の3人に街で再会し行動を共にした。オランダ人も。同じ部屋だったオーストリア人のピーターを最高にいい人で彼とも街中で再会した。
とにかく今は今。今があるから過去ができてくる。今をもっと精一杯感じよう。今しか僕はここにいないんだから。
過去の憎しみでも、過去の自分に浸るわけでもなく、未来に期待し、不安になる訳でもなく、今という瞬間を生き続けるのだから。
明日はバラナシに向かう。
1.27 ブッタガヤ 24:05
ダマホール
11日間、食した昼食場
MALE AREA
ピーターと俺 パコーダホール前
メディテーションスケジュール
11日間の俺の部屋