ボランティアに行っていた南三陸町から帰って来ています![]()
昨日書いたブログに、「何か」したいと思っている人がいたら、是非、一歩踏み出してみてください!的な事を書いたんだけれど、
言いたかったのはそんなに難しい事じゃなくって、
せっかく「何かしたい」と思ったのだから、思うことでも素敵なことなのだから、それをほんのちょっと進めてみたらいいのにな・・・って、私も偉そうに言ってるけどさ、被災地に行ってみて思ったのだよね・・・
自分の目で見ること。
自分の肌で感じること。
自分の耳で聞くこと。
その場の空気やにおいを受け取る事。
そうした時に、初めてまた違う心の動き方があって、
その1歩目を踏み出して、心に何か感じたら、きっと心配しなくても自分自身が2歩目を教えてくれると思うんだけどな。
漁師さんと一緒に、一日わかめの養殖に使う土嚢を作ったのだけど、
多分人見知りな漁師さんと、多分全然人見知らない漁師さんの(笑)2人が近くで作業してくれてね、
作業しながら、わかめの養殖の仕方、銀鮭の話、ホヤは3年かかるって話、色々教えてくれてね、
で、震災の話も。
ここに書いたんだけど、書いてたら、文字にするとなんか違うので、ちょっと消しちゃった。
直接お話する機会がある方には伝えられると思うので、その時に。
町の復興は、正直、まだまだ。
まだまだ瓦礫の山があって、
崩れたままの家があって、
どうやったらそうなるのかさえわからない、つぶれた車が集められてて、
3階の建物の上には車が乗っていて、
海水を吸って枯れかけた茶色い木が、ここまで津波がきました・・・って示すように、はっきりとあるラインまで傾きながらたっていて、
「津波が来ます。早く逃げてください。」と、最後まで放送を続けて自分自身が流されてしまった職員さんが、最後まで放送を続けていた建物は鉄骨だけになって残っていて、
それでも、この町に暮らしている人がいて、
「この土嚢使って、10月までにわかめうえられたら、2月には美味しいわかめが出来るから戻っておいで。取れたてが旨いんだよ。全然違うよ。2月か3月かな~~。」
と、笑顔で教えてくれる漁師さんがいて、
「そんなに働いたら、疲れちゃって、あ~もう南三陸は大変だから、もう来たくない・・・って思われちゃ困るから、もう休んでさ。ゆっくりやろうよ。」
って。、気を使ってくれて、
優しい人たちがいっぱいいて、
この町が復活した時に、美味しいわかめを食べながら、あの時はこうだったね~ってまた話せる日が来るのを、少しでも早くしなくちゃいけない・・・って、思ったのだよね。。。
一人が出来る仕事なんてたかが知れてる。
数日間、私一人が必死で働いたって、ありんこの作業位ちょろっとで、まだまだまだまだ、途方も無い作業がまっている。
だけど、「一人」がいなかったら、先には進まない。
まだまだまだまだ、人の力が必要。
そして、お金も必要。
私は、自分の人生に対しては、「コツコツ」何かをするってことがとっても苦手で、
一気に!だとがんばれるんだけど、コツコツ努力を続けるってどうも出来なくって、
けど、
震災からの復興には、「コツコツ」の継続がとっても大切なんだな・・・って強く、強く思いました。
いろんな報道がされていて、半年経って、もうだいぶ復興したみたいな事も言われているけど、
そんな事無い。
絶対、今、自分の目で見るべき。
そして感じて、受け止めて、動かなくちゃ。
いろんな支援の仕方があって、
経済をまわすためにしっかり仕事をする事、自粛なんてせずにしっかり遊ぶ事、普通の生活をする事が大切・・・と言われているけど、
それも大事だけど、
その上で、もし、時間にほんのちょっとだけでも余裕があったら、
もちろん、子供がいて・・とか、仕事が忙しくてとても・・とか、介護があるから・・・とか、そういう理由もすごくすごくわかるし、行ったから偉いとか、行かないから被災地を思ってないとか、そんな事は全くなくって、
それぞれの生活があって、
それぞれの思いがあって、
それぞれの方法がある。
それを十分ふまえた上で、
現地に行くという選択があるということを、考えてみたいなって思いました。
ボランティアで来ていた人たちもさまざまで、
鹿児島から、滋賀から、京都から、海外から、たくさんの人が南三陸ボランティアセンターに来ていました。
高校生の不良息子とおかあさん、大学生、長期有給休暇中の人、主婦、リタイアされた方、会社で皆で・・・・
と、
日本中、世界中から、集まってきていました。
日本の底力、見せる時です。
間違いないです。
もうちょっとしっかり自分の気持ちの整理をつけて書きますね!
ではでは!!!明日の夜から石巻に行ってきます。
皆様。
素敵な一日を♪