経済学者は日銀の財務諸表の読み方がわかっていない。
報道によれば、自民党の菅義偉選対副委員長ら14人が「政府紙幣・無利子国債発行」の勉強会を始め、3月末までに麻生総理に提言するという。その他にも、自民党の一部では政府紙幣の発行による景気対策を集中的に勉強しているグループがあるという。
政府紙幣とは、日銀の発行する日銀券とは異なり、政府の発行する紙幣(貨弊を含む)で、10円玉や100円玉、500円玉がそうである。これを大量に、たとえば50兆円分刷る、と言っても1兆円札を50枚刷って日銀券と交換してもらい、その日銀券を市場に流通させるというような案が有力らしい。ここに至る過程には、様々な問題が折り重なっており、これを機会に整理しておくことが必要と思われる。
先ず、何故、政府紙幣発行というような考えが出てきたかというと、景気対策をもっと大胆にしたい、ただし、国の借金は増やしたくないという想いからであろう。国債のように返済義務のある借金でなく、政府が直接、紙幣を発行することが出来れば、その発行差益分は、税以外の収入として、ほぼ無尽蔵に使えるというのが、元大蔵官僚・現東洋大教授の高橋洋一氏らの主張である。
だが、財政規律を無視し、全体の通貨供給量に対する管理を無視したこの主張は、ハイパーインフレを招来しかねないものである。
では、どうするか? 局面打開のための私なりの提案をしてみたい。
GⅮΡ重視の見直し
まず、景気対策への考えであるが、もうGⅮΡ(国内総生産)重視の考えは
見直した方がよい。
今回、GⅮPが年率換算で12.7%も下がったのは、言うまでもなくアメリカ依存の輸出減少である。これを補うため内需拡大だと言っても、日本の各家庭には物が充分にあり、あらためて買うものがない。だから、どれほど定額給付金などで景気回復を謳おうと、ほとんどが実需には結びつかない。
それでも景気回復のための財政支出が必要だと言うなら、製造業の派遣禁止や従業員のリストラ防止を行うべきであろう。
国民は、一方で雇用維持に不安を抱えたまま過度の消費を行う気にはなれない。この点で、日本の消費を支えてきた中間層が、近年の「新自由主義的な競争政策の推進」で、若者を中心に大挙して貧困層に転落しつつあるのは日本経済にとって致命的である。何故なら、外資も交えた大競争政策では、敗者の方が圧倒的に多くなり、幅広い中間所得層がいなくなるからである。
GⅮΡ重視の考えは、その他にも数多くの矛盾を抱える。
たとえば家庭で母親が、夫や子供達に、毎食、コンビニ弁当や外食を勧める。これは手作りの料理を食べる家庭より、はるかにGⅮΡアップに貢献するが、子供達の健康は明らかに損なわれる。
結果、各人は、栄養バランスを崩して医者通いが続くとする。これも病院の売り上げ増加となって明らかにGⅮPアップとなる。だが、どちらが健全な家庭かというと、毎日、母親の愛情ある手料理を食べ、医者通いのない家庭であるのは言うまでもない。
また、毎晩飲み歩き、喫煙する亭主は、晩年になっての介護も含めて、下戸で禁煙派の亭主に比べてどの面でも売上増⇒GⅮΡアップに貢献する。だが、人間としてどちらを評価するかは議論の分かれるところである。
終戦後しばらくは、日本の農業人口は5百万人を超えていた。その農家は食糧を外部から買う必要はほとんどなかった。
農村社会は食糧を自給できるため、絶えず外部から買わざるを得ない都市社会に比べてGⅮΡは明らかに低い。だが、食糧危機に陥って真っ先に餓死するのは都市生活者である。
さらに地球環境の存続を考えれば、省資源、省エネルギーの「倹約を美徳とするモッタイナイ精神」が必要であるが、それはGⅮΡの大幅な下落を意味する。
このようにGⅮΡ重視の考えは、しばしば個人の幸せや地球生命の存続とは明らかに矛盾する。だから「GⅮΡが低い国=貧しい国」という観念を捨て、逆に「GⅮΡの高い国=高コレステロールで血糖値の高い、短命な国」という考えを持った方が健全である。
【造幣局を400兆円で日銀に売る!】
さて、この考えを前提に、国民が財布のヒモをゆるめて消費に向かうには、どうしても国・地方の800兆円にも及ぶ借金が重荷となる。これだけ借金があると、将来の年金はまともに貰えず、重税か超インフレあるいは預金封鎖を想像し、国家を信用できない、ゆえに消費に回すよりは自己防衛せざるを得ないと考えるからである。
従って国民の不安を取り除く意味でも、国の借金の清算は、この20~30年以内にやっておくことが必要である。その方法として、財務省の造幣局を、通貨の発行権を含めて、日銀へ400兆円で売ることを提案する。
何故、造幣局を日銀に売るかというと、通貨の発行権を日銀に一元化し、政府はこれを、今後、行使しないためである。どだい、政府が通貨の発行権を持つと、官僚の天下り先へのばらまき、政治家諸兄の選挙対策としてのばらまきなど、ロクなことがない。政府は税収の範囲で運営し、足りない時は増税で対応するというのが財政規律の原則であり、後世にツケを残さない賢明な国家経営である。
アメリカのFRBは、政府は1株も持たず、ロスチャイルド系とロックフエラー系で議決権のほとんどを握る、れっきとした民間銀行であるが、1913年の設立後、何度も政府が戦争をしながら、一度もハイパーインフレを起こさずに来た。これは、政府に軍隊内部でのみ通用する軍票は認めても、通貨発行権を認めなかったからである。
一方、日本は、先の戦争遂行で政府紙幣(軍票)をばらまき、終戦直後にハイパーインフレになって金融非常措置をとることになった。「新円切り替え」の名目で政府は預金を封鎖、10万円を超える資産には重税を課し、郵便貯金は10年間払い戻しが拒否された。わずか3年半で物価は約100倍に上がり、庶民は多大の迷惑をこうむった。
日本は日露戦争時にも国家破産直前まで行っている。これは軍資金がほとんどないのに戦争を決断したという無責任な政府と、通貨供給の一元管理がしっかりできていなかったためである。
次に何故、400兆円で売るかというと、国・地方の借金を半減して400兆円以下とするためである。400兆円以下となればGⅮΡ比80%以内となって、他の先進国と比べても多過ぎはしない。このくらいは政府のやりくりで償還するのが筋であろう。
問題は400兆円の根拠であるが、日銀は1万円札を原価20円で刷りながら、その通貨発行益9980円に見合う法人税や納付金をこれまで政府に全く納めていない。これは通貨発行による収入を売上げとせず、「発行銀行券勘定」として負債に計上しているためである。
しかし、この負債は法律的に支払い義務のある債務ではなく、備忘記録として「負債の部」に計上しているに過ぎない(このことが、経済学者は全くわかっていない!)。
つまり日銀は、本来、通貨発行収入として売上に計上すべきを、負債の部に表示するという会計上のトリックで通貨発行益を内部にため込んでいる。このことを指摘し、過去の納付金未納分の清算の意味をも込めて、通貨発行権付きの造幣局資産を400兆円で売るようにするのである(但し、他の利益については日銀は95%近くを政府に納付している)。
問題は支払方法であるが、まず、日銀の保有国債の残高が約65兆円(平成20年度上期末)ある。この即時返還で、政府は65兆円分の国債償還義務を逃れる。
残りの335兆円については20~30年間の、国債での分割払いとする。今、日銀は月に1.4兆円、年間16.8兆円ほどを国債買いオペに充てている。このペースで買いオペを続ければ20間で335兆円前後となる。新発債を買うのではなく、通貨供給量を監視しながら既発の国債を買うだけだから、政府の国債残高が増えたり、インフレになることはない。この国債を支払に当てるのである。
日銀は現在、企業の発行する社債やCΡ(コマーシャルペーパー、大企業の発行する無担保の手形)を直接買い取りする話を進めている。だが、企業の社債の直接購入などは証券会社や投資家、銀行のやることで、日銀がやるべきことでは断じてない。
白川日銀総裁は、アメリカ発のサブプライムローン問題の誤りが何であったか、何ら総括していないようである。愚かなことであるが、サブプライムローン問題は、「証券化と直接金融の行き過ぎ」によって起こったのだから、日銀が企業の直接金融に手を貸すことはせず、政府国債だけを買い増して国債償却に協力すべきである。そうすれば、国債を持つ銀行に資金的余裕ができ、企業にもお金が回るのである。
結論として、日銀は民間銀行からの買いオペを政府国債に限り、その国債を造幣局の買取り資金400兆円の分割支払に充てる。結果、造幣局は日銀に移って通貨管理が一元化し、国・地方の借金は400兆円ほどに減少する。もちろんインフレの懸念もない。三方丸く収まると思うのだが如何だろうか。