空へ手をのばして この願い届けて

 たったひとつのいのちを 生きて


 今 風の中で どこまでも歩こう

 涙がいつか 笑顔に変わる日まで 」 今、風の中で/平原綾香

作詞 : 平原綾香 作曲 : 久石譲

映画「マリと子犬の物語」(2007年)主題歌


2005年秋、

京都府 佛教大学 教育学部 教育学科...


この教室で講義を受けているのは、

小学校の先生を目指す学生たち・・・

そんな、未来の教育者たちに、必ずあるVTRを見せている

ある先生がいます・・・。


昨日11月1日に「ブタがいた教室」という映画が公開されました。

偶然にも最近、この映画の実話のドキュメントを見つけたので、

ご紹介させていただきます。

ちなみにネタバレにもなりそうなのでご注意下さい。


「たけしの日本教育白書」(2005年 フジテレビ)

「豚のPちゃんと32人の小学生」より


今(2005年)から13年前・・・

命の大切さを教えるため、クラスでブタを育て、

みんなで食べるという授業が行われました。

今で言う「命の授業」。

このような取り組みは、当時としてはとても珍しいことでした。


大阪府の山間いに建つ小学校。

ブタを飼おうと言い出したのは、

地元出身で初めて担任をもった、黒田先生です。

クラスメートは32人。


「 僕たちが今食べているものと、それを食べるまでの加工の部分が

 離れていて見えなくなっている。

 豚肉といったら、パックの中に入っている。

 それしか知らない。

 その豚っていう生きているものと、

 豚肉というものは全然繋がらない。

 それでいいのかなという・・・

 最後は殺してみんなでその豚、全部丸ごと食べる所まで、

 自分らで責任持って飼えないかな。

 それぐらい責任を持って一つの事出来たらいいな。」 黒田先生


ブタがやって来たのは、1990年7月、4年生の夏休み。

生後2ヶ月のオスで体重は約30kg。

みんなで考えた名前は・・・「 Pちゃん 」


1日2回のエサ集めも、1週間交代で当番を決め、

給食の残り物などのエサを責任を持って集めます。

だんだんと生徒たちもPちゃんの扱いに慣れてきました。


エサを使って小屋の外に連れ出し、

その間に小屋の掃除とエサをセット。

そして、最後に体を洗い小屋へ誘導します。


みんなで廃品回収。

売ったお金はPちゃんのために使います。

Pちゃんを飼ってから、子供たちは自発的になっていきました。


1年目。

体重は100kgを越しました。

1991年9月、5年生の2学期には、小屋が壊れるハプニングも。

至急、大きな小屋を作るために、設計図をひき、

必要な材料費を割り出します。


廃品回収などで貯まったお金を持って、みんなで近くの製材所へ・・・

予算オーバーだったものの、

なんとかまけてもらい材料が手に入りました。


そして始まった新しい小屋作り。

みんなで手分けをし、親の力も借りて、

運動場付きの立派な小屋がついに完成しました。


黒田先生は、家庭科の時間に豚肉料理にも取り組みました。

豚足の煮込みをじっと見つめる生徒・・・

そして恐る恐る一口・・・

が、いったん食べ始めると、子供たちの食欲は大変なものです。


Pちゃんにも好き嫌いがあることが分かりました。

それはリンゴとキャベツ。

大好きなのは・・・" トマト "です。


子供たちは食べ物のこと、命の繋がりなど、

たくさんの事を学ぶことが出来ました。


そして、6年生の冬。

Pちゃんの体重は推定300kg。

ますます大きくなっていきます。

卒業まであと1ヶ月・・・

3年前に先生が言ったことを思い出す時が来ました・・・


" みんなで育てた豚をみんなで食べる "


これがPちゃんを飼う時に決めていた事でした。

しかし、子供たちの間から様々な意見が出ます・・・


「6年2組・32人」

①.下級生に引き継ぐ

②.食肉センターに持っていく

③.農場で飼ってもらう

④.自分たちで食べる


すると、「農場で飼ってもらう」に5人。

「下級生に引き継ぐ」という意見に、32人中27人が賛成しました。

クラスの意見がまとまりました。

子供たちは、全校集会やポスターで学校中に呼びかけました。

すると、引き継いでも良いと、

3年生のクラスが名乗りを上げてくれたのです。

しかし、3年生に引き継ぐという話が広がるにつれ、

「本当にそれで良いのか?」という声が、

保護者の中から起こりました。

あるお母さんは・・・


「 引き取ってくれるから言うて、はいお願いしますって引き継いだら、

 6年2組としてあんたたちは責任逃れじゃないか。

 って私は(子供に)言ったんです。」


Pちゃんを飼い続ける上で、衛生面での問題や、

大きくなりすぎていることへの不安。

そして、引き継いだ3年生が卒業する時に、

再び同じ問題を抱えてしまうことについて、

もう一度考えてみて欲しいというのです。


この話し合いを境に、黒田先生は、3年生に引き継ぐという意見を

ふりだしに戻すことにしました。

それは、Pちゃんを飼う時に決めた・・・


" みんなで食べる "


先生はこの事をもう一度、子供たちに聞いてみたかったのです。


「 食べるについて、皆どう思っているか?

 それが先生は、一番知りたい。」


先生の質問に対し、ある生徒は・・・


「 名前が付いていたら食べにくい・・・ 」


月に5万円のエサ代が掛かるために、「農場案」が消え、

どうしてもPちゃんは食べられないということで、「食べる案」が消え・・・


下級生に引き継ぐか・・・


食肉センターに持っていくか・・・


この2つの案に絞られました。


" 今度4年生になる子には飼われへんと思う。

 突進してきたら危ない。

 だから今のうちに殺したった方がええと思う。"


" ちょっとでも命が延びたらそれでええと思う。"


色々な意見が出る中、

ある女の子は涙ながらに・・・


" 私は食肉センターに売った方がええと思う。

 私らが飼い始めたんやから、

 私らで終わるって言うか・・・その・・・

 そういう風にした方が良いと思うし。

 あたしだって引き継いでもらって、長く・・・

 生きといてもらいたいけど!・・・

 ・・・もし3年1組が処分するって決めたら、

 私らが決めたんじゃないから、余計悲しいと思うから・・・

 今処分したほうがいいと思う・・・・・ "


卒業間近、生徒たちは揺れていました・・・・・



3年間飼い続けて来た、ブタのPちゃんをめぐり、

真っ二つに割れてしまったクラス・・・


「下級生に引き継ぐ」 = 16人


「食肉センターに持っていく」 = 16人・・・


2つのグループは、とことん話し合うことになりました。


" もし3年生がケガしたら、私らが責任取るって事になるから、

 そういう責任もずっと被って、

 中学も高校もずっと進んで行くんですか?"


" 殺すときだって悔いが残る。"


" 自分がPちゃんと考えて、自分たちが言っているように、

 死ねって言われたら死ねますか?"


ブタを育てて食べようということから始まった命の授業・・・

しかし、いつしか子供たちの考えは大きく変わっていました・・・。

食肉センターにと考える生徒は・・・


" 私たちが飼い始めたんやから、

 私たちの代で終わらせるのが、

 ケジメつけるのが責任だと思います。"


下級生にと考える生徒は・・・


" 僕は少しでも命を延ばしてあげる事が、

 責任やと思う。"


" 自分らの都合でPちゃんを殺すんじゃなくて、

 少しでもいいから命を延ばしてあげたい。"


考えに考えても結論は出ず、

2つのグループはお互いを説得することが出来ません。

子供たちには生まれて始めての難問です・・・

16対16・・・子供たちは、

最後の一票を黒田先生に任せることにしました。


が、先生も揺れていました。

他の先生たちの意見も色々です・・・

「 引き継いでもらえばよい 」

「 自分たちでケジメはつけるべきだ 」・・・

先生たちにも、この問題に結論を出すのは難しいのです・・・。

すべてを見つめ続けてきた黒田先生も、

最後まで迷っていました・・・。


そして黒田先生と子供たちはPちゃんの前へ行き、

最後の話を始めます・・・


先生が出した答えは・・・『 食肉センターに持っていく 』


" もう十分・・・精一杯みんな考えたし・・・

 もう十分です。

 もうこれ以上・・・・しんどく思わなくていい・・・。"


子供たちの悩み続ける姿と、飼い続ける事の難しさを考えるなら、

自分たちの代で終わりにしよう・・・

それが結論でした。


卒業から一週間後。

6年2組には、もう一つの辛い卒業式が待っていました・・・


大きな声で泣き続けるPちゃん・・・

そして・・・子供たち・・・


" Pちゃん・・・トマト食べて "


子供たちは、Pちゃんの大好物を、

一人、一つずつ用意しました・・・『 32個のトマト 』


ゆっくりと走っていく、Pちゃんを乗せた車・・・

それを泣きながら、名前を叫びながら追いかける子供たち・・・。


16年前の「命の授業」は、

こうして結末を迎えました。


これは当時「今夜は好奇心」というフジテレビ系列の番組で

放送され、大きな反響を呼んだそうです。

黒田先生は、未だに正しかったのか良く分からない、

何度も自分の中で繰り返し考え続けている。と語ります。

また当時の生徒は・・・


「 普通の教科書では学べないものを学べたと思います 」


「 (将来子供にもこういった授業を)受けさせたいと思います。

 その時は分からなくても、成長していくにつれて役立つと思う。

 実際体験してみて、分かることもいっぱいある。」


映画「ブタがいた教室」の話し合いの場面では、

台本なしの状態で撮影が進められました。

先生役の妻夫木聡さんは・・・


" みんな最後の方は完璧に芝居ってことを忘れてた

 本当に考えてました。オレもなんだけど・・・ "


実は僕も小学生の頃、この授業とは少し違いますが、

クラスで3年程ハトを飼っていたことがありました。

1年の頃に飼い始め、大きな小屋も自分たちで作り、

エサや掃除も当番制でしていました。

が、4年生になった時に、それまで同じだった先生が変わり、

何匹か居たハトも徐々に亡くなっていったこともあり、

結局小屋も壊し、色々考えながら、

壊した木などをみんなで燃やした思い出があります。


言われれば思い出しますけど、
その時の想いが今でも常にあるかといったら・・・
うーん・・・
というのが正直なところです。

前に何かの番組で、切られてパックに入って売られている魚の

本当の姿を知らず、「これは何々(魚の名前)」と言う子供がいました。

その一方で、最近は温暖化の影響で、

魚も住みづらい環境になっているようです。

この間見たある番組では、海水温度が上がっている中、

小さな魚が1匹岩陰で必死に・・・

魚にとっては何も分からず、生きているだけなのでしょうけど。

温暖化などで一番最初に影響を受けるのは、

人間以外の動物たちということを改めて感じさせられる映像でした。


この黒田先生の授業が良かったのか悪かったのか・・・

名前を付けていなれば・・・もう少し違ったかたちで飼っていれば、

もしかしたら結末は変わっていたかもしれません。

この授業から16年が経った今、「命を頂いている」

ということを考えさせてくれる・・・

僕は良かったんじゃないかなと思います。


犬ならダメで、ブタなら良いのか・・・

こういったことは、今は僕からはなんとも言えません・・・。

ただ、一つだけ・・・

人間が生きていくために、よりよい食事のために、

動物たちの命を頂いているということに、

今日も心から・・・・・・



" いただきます "



僕がずっと守るよ